撰集抄 ====== 巻8第16話(91) ※標題無し ====== ===== 校訂本文 ===== 大中臣の能宣((大中臣能宣))の、小野宮殿((藤原実頼))へ参りけるに、御簾の内より、底に日影のありける盃(さかづき)を出ださせ給ひて、酒を勧めさせ給へりけるに、能宣、日影を見て、   有明の心地こそすれさかづきに日かげもそひて出でぬと思へば と詠みてければ、小野宮殿、しきりに感ぜさせ給ひけり。 まことにおもしろく思え侍り。有明の月ならでは、いかで日影はそふべき。うち聞くには、「誰か詠まざらん」といとやすきやうに思えて侍れども、きと、さる人の御前なんどにて、耳をよろこばしむることは、ありがたきことに侍り。 されば、この道をよく知る人は、かやうのことをことに興じ給ふなり。 ===== 翻刻 ===== 大中臣の能宣の小野宮殿へまいりけるにみ すのうちより底に日かけのありけるさかつきを 出させ給て酒をすすめさせ給へりけるに能宣日 かけをみて あり明の心ちこそすれさかつきに 日かけもそいていてぬとおもへは とよみてけれは小野宮殿しきりに感せさ せ給けり実に面白く覚侍り有明の月な らてはいかて日影はそふへきうちきくには/k245l 誰かよまさらんといとやすきやうに覚て侍れ ともきとさる人の御前なんとにて耳をよろ こはしむることは有かたき事に侍りされ は此道をよく知人はかやうの事を殊興し給 なり/k246r