撰集抄 ====== 巻8第11話(86) ※標題無し(前話のつづき) ====== ===== 校訂本文 ===== 同じ公任((藤原公任。[[m_senjusho08-10|前話]]参照。))、大納言に上り給ひて、出仕し給ひけるに、「さても、三条殿((藤原頼忠))も東三条((藤原兼家))の執柄も、いまだおはしまさば、いかばかり嬉しがり給はん。また、何ごとも頼みこそ聞こえて侍るべきに」と思すに、いまさら悲しくて、   世の中にあらましかはと思ふ人なきは多くもなりにけるかな とうち詠じ給へりけるを、中務、もれ聞きて、几帳の際(きは)に泣き臥しけるとぞ。 「あまり((「あまり」は底本「あたり」。諸本により訂正。))にけしからず」とぞ、時の人は申し侍りけれども、「さも思ひ入れける中務かな」と思えて侍り。わが身の官職に進むにつけても、「その人あらましかば」と思ゆること、いかなる人にもあるべきにこそ。 ===== 翻刻 ===== 同公任大納言にあかり給て出仕し給けるにさて も三条殿も東三条の執柄もいまたおはし まさはいかはかりうれしかり給はん又何事も たのみこそ聞て侍へきにとおほすにいまさ らかなしくて 世の中にあらましかはとおもふ人 なきはおほくもなりにけるかな とうち詠し給へりけるを中務もれききて/k241l 几帳のきはになきふしけるとそあたりにけ しからすとそ時の人は申侍りけれともさ も思入ける中務かなと覚て侍り我身の官 職にすすむに付てもその人あらましかはと覚る 事いかなる人にもあるへきにこそ/k242r