撰集抄 ====== 巻8第10話(85) ※標題無し ====== ===== 校訂本文 ===== 昔、四条大納言公任((藤原公任))、斉信中納言((藤原斉信))を越えて一階をし給へりける時に、かくぞ詠み給ひける   嬉しさを昔は袖に包みけり今夜(こよひ)は身にも余りぬるかな まことに、身を立つるならば、さこそ嬉しく思ひ給ひけめ。 このことは、右衛門督斉信卿、清暑堂の御神楽のことによりて、公任を越され侍りけるなり。その時、公任中納言の、辞表を参らせられけるに、君、匡房((大江匡房))を御吏にて、「これは、ことある辞表なれば、納むまじきなり。すみやかに、一階をそへ給へ」と、仰せ下されて、越えられ給へりし恥をきよむるのみにあらず、越え返し給へりければ、人もめでたきことになん申し侍りければ、身にあまるまで思ひ給ひけるなめり。 さても、「悦びを袖に包み、また身に余る」といふこと、柿本かや。誰かこれをそしり聞こえん((「聞こえん」は底本「きこらん」。諸本により訂正。))。 ===== 翻刻 ===== 昔四条大納言公任斉信中納言を越て一諧をし 給へりける時にかくそよみ給ける うれしさをむかしは袖につつみけり/k240l 今夜は身にもあまりぬるかな 実に身をたつるならはさこそうれしく思給け めこのことは右衛門督斉信卿清暑堂の御神楽 事によりて公任をこされ侍りけるなり其時 公任中納言の辞表をまいらせられけるに君 匡房を御吏にてこれはことある辞表な れはをさむましきなり速に一諧をそへ給と 仰下されて越られ給へりし恥をきよむ るのみにあらす越返し給へりけれは人も目 出き事になん申侍りけれは身にあまるまて/k241r 思給けるなめりさても悦を袖につつみ又身にあ まると云事柿本かや誰か是をそしりきこらん/k241l