撰集抄 ====== 巻8第1話(76) 篁任宰相事(詩) ====== ===== 校訂本文 ===== 昔、嵯峨天皇、西山の大井川のほとりに御所を立てさせおはしまして、嵯峨殿と申して、めでたくゆゆしく造り置かるるのみならず、山水・木立わりなくて、ことに心とどまるべきほどにぞ侍りける。 如月十日のころ、御門、はじめて行幸(みゆき)の侍りけるに、小野篁も供奉し侍りけるに、御門、篁を召されて、「御前の野辺の気色、ちと詩に作りて奉れ」と仰せのありけるに、篁とりあへず、   紫塵嬾蕨人拳手 碧玉寒葦錐脱嚢 と作りて侍りければ、御門、しきりに御感ありて、宰相になされにけり。多くの人を越えて、その座につき給へりにけり。ゆゆしき面目なりけむぞかし。 篁逝去の後、大唐より、楽天((白居易))の詩どもを送りけるに、   蕨嬾(ものう)き人拳る手 蘆寒錐脱嚢 といふ詩侍り。意は少しも篁の詩にたがはず。詞はいささかあひかはれり。時の秀才の人々の申しけるは、「篁の句、なほめでたし」とぞ、讃め聞こえける。 げにげに、心・詞、ことにおもしろく侍り。蕨、紫色なれば、かがめり。かがめれば、嬾(ものうき)に似たり。これまた、手を拳(にぎ)るかと見えたり。「嬾(ものう)くするものかたぶく」といふ文は((「文は」は底本「又は」。諸本により訂正。))高野の大師((空海))の御詞(ことば)に侍り。碧玉の寒蘆、生ひ出でて侍れば、げにも、錐、嚢を脱するに似たり。紫塵に対する碧玉、嬾蕨にあへる寒葦、げにげにおもしろく侍り。 相公になし給へる君の御心ばへもめでたく、世を照らせる鏡の塵積らで、人の能芸をはかることくもり侍らぬ、いとありがたきことになん。されば、人を多く越えて宰相に列(つらなり)しに、誰かは一人としても、脣をかへす輩侍りし。 ===== 翻刻 =====   撰集抄第八 昔嵯峨天皇西山の大井河のほとりに御所を立 させおはしまして嵯峨殿と申てめてたくゆゆし く造置かるるのみならす山水木立わりなくて 殊心ととまるへきほとにそ侍りけるきさらき 十日の比御門始てみゆきの侍りけるに小野篁 も供奉し侍りけるに御門篁をめされて御前の 野辺の気色ちと詩につくりて奉れと仰の有 けるに篁とりあへす紫塵嬾蕨人拳手碧玉寒 葦錐脱嚢と造て侍りけれは御門しきり/k232l に御感有て宰相になされにけりおほくの人を越て その座につき給へりにけりゆゆしき面目なりけ むそかし篁逝去の後大唐より楽天の詩とも を送りけるに蕨嬾き人拳る手蘆寒錐脱嚢 と云ふ詩侍り意はすこしも篁の詩にたかはす詞 はいささか相替れり時の秀才の人々の申けるは 篁の句なをめてたしとそほめきこえけるけにけに 心詞ことに面白く侍り蕨紫色なれはかかめりかか めれは嬾に似たり是又手を拳るかとみえたり 嬾するものかたふくと云又は高野の大師の御詞/k233r に侍り碧玉の寒蘆をひ出て侍れはけにも錐嚢 を脱に似たり紫塵に対する碧玉嬾蕨にあへる寒 葦実々面白く侍り相公になし給へる君の御 心はへも目出世を照せる鏡の塵つもらて人の能 藝をはかる事くもり侍らぬいと有かたきこと になんされは人をおほく越て宰相に列しに誰 かは一人としても脣をかへす輩侍し/k233l