撰集抄 ====== 巻6第9話(57) 恵遠法師事(廬山) ====== ===== 校訂本文 ===== 昔、唐土(もろこし)に廬山の恵遠法師といふ人ありけり。恵覚禅師の弟子なり。 かの恵覚、行徳いみじき人にて、そのあたりの猛将、もてなし敬ふこと、なのめにも過ぎたり。 さるほどに、蘇国の将軍にて、隣附といふ人侍り。子を五人持ち侍りけるを、「嫡子には、わが職((「職」は底本「識」。諸本により訂正。))を譲らん。一人をば、恵覚のもとにつかはして、僧になして、後世のかためにせん」とて、二郎なりけるをつかはしてけり。 かくて、百余日ばかりありて、恵覚のもとより、蘇国に使を立てて言ふやう、「われに賜びたりし人は、学問に心を入れ侍らざりしかば、とかくいましめしほどに、この暁、すでにはかなくなりぬ。ゆめゆめ歎き給ふべからず」と言ひおこしたり。父母、あさましなどはいふもおろかなり。涙にくれふたがりて、とかく返事するにも及ばず、まことに悲しげなるありさまにて侍り。泣く泣く、力なきよしを返事してけり。日数むなしく経れども、歎きははるる末もなく侍りけり。 さりとても、また、日ごろ思ひしことの末なくて、「あるべきにあらず」とて、父母、三郎の十三になるを、「学問心に入れよ」とて、髪かきなでて、名残の多きのみならず、先の子にも見こりず、「後世のつと」とて、恵覚の室にやりけり。父母の心、たとへなく侍り。 かくて、五月ばかりありて、また言ひつかはすやう、「『このたびの人はさりとも』と思ひつるに、よにも心ざまよからざりしかば、『またなん法文せせがむ』とて、打ち殺し侍りぬ」と告げける。たたごととも思えず、夢かとて思ゆる。まことに悲しかるべし。いまだ二八にだにも及ばぬものを、前(さき)に身をひかでやりつること、今さら悔ひ悲しめるありさまなり。 父母ともに起き上り言ふやう、「さて、あるべきにてもなし。さらば、四郎をやらん」とて、呼び寄せたり。八にぞなりけり。乳母(めのと)、「ただわが命を失なひてのち、いづちへもやり給へ」と泣きこがれけれども、かひなし。つひに恵覚の使にうちそへて、またやりぬ。やりてのちは、「またいつか、『うち殺されぬ』と聞かむ」と、父母うつつ心なく、宵暁(よひあかつき)、門を荒くも叩けば、「『今すでに』と告ぐるや」と心を消して過ぎしほどに、十三にて飾おろすよし、告げたり。これを聞きて、父母、さこそ嬉しく侍りけめ。 さて、「法師になりて見参せん」とて、蘇国の父母のもとに来れりけるに、父母悦びて、急ぎ会ひて、「今はさだめて知りぬらん。いかにとしてか、後世をば助かるべき」と言ふに、僧言ふやう、「無常を観ぜさせ給ふべし。何ごとも夢幻(ゆめまぼろし)の世の中と思せ」といふ時、父、たちまちに発心して、出家し侍りて、子の僧に戒をば受けにけり。母は三十余日経て後に飾おろしてけり。 この僧は、すなはち恵遠法師これなり。恵遠は都率((都率天))の内院に生れ、父母は西方の往生をとげけりと、漢の『明記』に載せたり。かの記を見しに、この所にいたりて、ただ涙落しき。二人の子にもこりもせで、三人までやりける心のたけさは、はかりていふべきにもあらず。当世には、「学問ものうし」とて、いさめ殺す師もあるべからず。殺さるるうへに、重ねてやるべしとも思えず。もし、千万が一、いたみなき子の死にたらば、師匠にも怨む心をばむすばまし。 あはれ、ありがたき父母の心かな。これほどの心きはあらん人、げにもなじかは西方世界に生れでも侍るべき。かへすがへすゆかしき心なりけんかし。 ===== 翻刻 ===== 昔もろこしに廬山の恵遠法師といふ人あり けり恵覚禅師の弟子なり彼恵覚行徳 いみしき人にてそのあたりの猛将もてなし敬事 なのめにも過たり去程に蘇国の将 軍にて隣附といふ人侍り子を五人もち侍ける/k179r を嫡子には我識を譲らん一人をは恵覚のもとに つかはして僧になして後世のかためにせんとて 二良なりけるをつかはしてけりかくて百余日は かりありて恵覚のもとより蘇国に使を 立ていふやう我にたひたりし人は学問に心を 入侍らさりしかはとかくいましめし程に此暁すて にはかなくなりぬゆめゆめなけき給へからすといひ おこしたり父母あさましなとはいふもをろか也 泪にくれふたかりてとかく返事するにもおよ はす実にかなしけなる有さまにて侍りなくなく/k179l 力なきよしを返事してけり日数空くふれ とも歎ははるるすゑもなく侍りけりさりとて も又日比おもひし事のすゑなくてあるへきに あらすとて父母三良の十三になるを学問心に 入よとて髪かきなてて名残の多きのみならす さきの子にも見こりす後世のつととて恵覚の 室にやりけり父母の心たとへなく侍りかく て五月はかりありて又いひつかはすやう此たひ の人はさりともと思ひつるによにも心さま よからさりしかは又なん法文せせかむとて/k180r 打殺し侍りぬと告けるたた事共おほえす 夢かとて覚る実にかなしかるへしいまた二 八にたにもおよはぬ物を前に身をひかてや りつる事いま更くひかなしめるありさま也 父母ともにおきあかりいふ様さてあるへきにても なしさらは四郎をやらんとてよひよせたり 八にそなりけりめのとたた我命をうしなひ て後いつちへもやり給へとなきこかれけれ とも甲斐なしつゐに恵覚の使に打そへ て又やりぬやりて後は又いつか打ころされぬとき/k180l かむと父母うつつ心なく宵暁門をあらくも 叩は今已にと告るやと心をけして過し程に 十三にて餝をろすよしつけたり是を聞て 父母さこそうれしく侍りけめさて法師に なりて見参せんとて蘇国の父母の許に来れり けるに父母悦ていそきあひて今は定てしり ぬらんいかにとしてか後世をはたすかるへきといふ に僧云様無常を観せさせ給へし何事も 夢まほろしの世の中とおほせといふ時父 忽に発心して出家し侍て子の僧に/k181r 戒をはうけにけり母は卅余日へて後に餝を ろしてけりこの僧は則恵遠法師是也 恵遠は都率の内院に生れ父母は西方の 往生を遂けりと漢の明記にのせたり彼 記をみしに此所に至てたた涙おとしき 二りの子にもこりもせて三人迄やりける 心のたけさははかりていふへきにもあらす当 世には学問ものうしとていさめ殺す師もある へからす殺さるる上に重てやるへしともおほ えすもし千万か一いたみなき子のしにたらは/k181l 師匠にも怨心をはむすはましあはれ有難き 父母の心かな是ほとの心きはあらん人けにもなし かは西方世界に生れても侍へき返々ゆかしき 心なりけんかし/k182r