撰集抄 ====== 巻5第15話(48) 作人形事(於高野山) ====== ===== 校訂本文 ===== 同じころ、高野の奥に住みて、月の夜ごろには、ある友達の聖と、もろともに橋の上に行き合ひ侍りて、ながめながめし侍りしに、この聖、「京になすべきわざの侍り」とて情けなくふり捨て上りしかば、何となく同じく憂き世を厭ひ、花月の情けをもわきまへらん友、恋ひしく思えしかば、思はざるほかに、鬼の、人の骨を取り集め侍りて人に作りなすやうに、信ずべき人のおろおろ語り侍りしかば、そのままにして、広野に出でて、骨をあみ連ねて造りて侍れば、人の姿には似侍りしかども、色も悪く、すべて心もなく侍りき。 声はあれども、絃管の声のごとし。げにも、人は心がありてこそは、声はとにもかくにも使はるれ。ただ声の出づべきあひだのことばかりしたれば、吹き損じたる笛のごとし。おほかたはこれほどに侍る。不思議なり。 「さても、これをは何とかすべき。やぶらんとすれば、殺業にやならん。心の無ければ、ただ草木と同じかるべし。思へば人の姿なり。しかじ、やぶれざらんには」と思ひて、高野の奥に、人も通はぬ所に置きぬ。もし、おのづから人の見るよし侍らば、「化物なり」と、おぢ恐れむ。 さても、このこと不思議に思えて、花洛に出でて帰りし時、教へさせ給へりし徳大寺へ参り侍りしかば、御参内の折節にて侍りしかば、むなしくまかり帰りて、伏見の前中納言師仲の卿((源師仲))の御もとに参りて、このことを問ひ奉りしかば、「何としけるぞ」と仰せられし時、「そのことに侍り。広野に出でて、人も見ぬ所にて、死人の骨を取り集めて、頭より手足の骨を違(たが)へで続け置きて、ひさらと云ふ薬を骨に塗り、苺(いちご)とはこべとの葉をもみ合はせてのち、藤の若ばへなどにて骨をからげて、水にて洗ひ侍りて、頭とて髪の生ふべき所には、西海枝の葉と槿(むくげ)の葉とを灰に焼きて付け侍りて、土の上に畳を敷きて、かの骨を臥せて置きて、風もすかずしたためて、二七日置きてのち、その所に行きて、沈と香とを焼きて、反魂の秘術を行ひ侍りき」と申し侍りしかば、「おほかたはしかなり。反魂術、なほ日浅く侍るにこそ。われは思はざるに、四条大納言((藤原公任。底本、「公任イ」と異本注記あり。))の流を受けて、人を作り侍りき。今、卿相にて侍れど、それとあかしぬれば、作りたる者も、作られたる者((「作られたる」は底本「他せられたる」。「犯せられたる(嵯峨本)」「化せられたる(書陵部本)」などがあるが、前の「作りたる者」との呼応や字形の類似から、「作られたる(鈴鹿本・静嘉堂文庫本)」とみる。))も、溶け失せければ、口より外には出ださぬなり。それほどまで知られたらむには、教へ申さむ。香をば焚かぬなり。その故は、香は魔縁を避けて、聖衆を集むる徳侍り。しかるに、聖衆、生死を深く忌み給ふほどに、心の出でくることかたし。沈と乳とを焚くべきにや侍らむ。また、反魂の秘術を行ふ人も、七日物をば食ふまじきなり。しかうして造り給へ。少しもあひ違(たが)はじ」とて、仰せられ侍りし。 しかあれども、「よしなし」と思ひかへして、その後は造らぬなり。 また、なかにも土御門の右大臣((源師房))の造り給へるに、夢に翁(おきな)来たりて、「わが身は、一切の死人を領ぜる者に侍り。主にもの給ひあはせで、などこの骨をば取り給ふにか」とて、恨める気色見てければ、もしこの日記を置くものにあらば、わが子孫造りて、霊に取られなん。いとどよしなし」とて、やがて焼かせ給ひにけり。聞くも無益のわざと思え侍り。よくよく心得べきことにや侍らむ。 ただし、呉竹の二子は、天老といふ鬼の、頻川((「穎川」または「潁水」の誤りか。))のほとりにて作り出だせる賢者とこそ、申し伝へたるなれ。 ===== 翻刻 ===== 同比高野の奥にすみて月の夜比には或友 達の聖と諸共に橋の上に行合侍りてなか めなかめし侍りしに此聖京になすへきわさの 侍りとて情無ふり捨て登りしかは無何 おなしくうき世を厭華月のなさけをもわ きまへらんとも恋しく覚しかは思はさるほ かに鬼の人の骨を取集侍りて人に作り/k141r なす様に可信人のおろおろ語り侍りしかは 其ままにして広野に出て骨をあみ連ら ねて造て侍れは人の姿には似侍りしかとも 色も悪くすへて心もなく侍りき声は有共 絃管声の如しけにも人は心かありてこ そは声はとにもかくにもつかはるれたた声 の出へき間のことはかりしたれは吹そんしたる 笛のことし大かたは是程に侍るふしき也 扨も是をは何とかすへきやふらんとすれは殺 業にやならん心のなけれは唯草木と同し/k141l かるへし思へは人の姿也しかしやふれさらんにはと思 て高野の奥に人も通はぬ所におきぬもし をのつから人の見るよし侍らははけ物成と おちをそれむ扨も此事不思義に覚て華 洛にいててかへりし時をしへさせ給へりし 徳太寺へまいり侍りしかは御参内の折節 にて侍りしかは空く罷帰て伏見の前中 納言師仲の卿の御許にまいりて此事を 問奉りしかは何としけるそと仰せられし時 其事に侍り広野に出て人も見ぬ所にて/k142r 死人骨を取集て頭より手足の骨をたかへて つつけ置てひさらと云ふ薬をほねにぬりい ちことはこへとの葉をもみ合て後藤の若はへ なとにて骨をからけて水にて洗侍りて頭とて 髪の生へき所には西海枝のはとむくけの葉 とをはいにやきて付侍て土の上にたたみ をしきて彼骨をふせておきて風もすかす したためて二七日置て後其所にゆきて沈と 香とを焼て反魂の秘術ををこなひ侍りき と申侍りしかは大方はしかなり反魂術猶日浅/k142l 侍るにこそ我は思さるに四条大納言(公任イ)の流 を受て人を作侍りき今卿相にて侍と 其とあかしぬれは作たる物も他せられたる物 もとけうせけれは口より外には出さぬなり其 程まて智られたらむには教申さむ香をは たかぬなり其故は香は魔縁をさけて聖 衆を集徳侍り然るに聖衆生死を深くいみ 賜ふ程に心の出くる事かたし沈と乳と をたくへきにや侍らむ又反魂の秘術 ををこなふ人も七日物をはくうましき也し/k143r かうして造賜へすこしもあひたかはしとて おほせられ侍りししかあれとも由無と思帰 して其後は造らぬなり又なかにも土御門の 右大臣の造給へるに夢におきな来て我 身は一切の死人を領せる物に侍り主にもの 給あはせてなと此骨をは取給にかとてうら める気色みてけれは若此日記を置物 にあらは我子孫造て霊に取れなん いとと由無とてやかてやかせ給にけりき くも無益のわさと覚侍りよくよく可心得/k143l 事にや侍らむ但呉竹の二子は天老と 云ふ鬼の頻川のほとりにて作出せる賢 者とこそ申伝たるなれ/k144r