撰集抄 ====== 巻5第12話(45) 厳島 ====== ===== 校訂本文 ===== 安芸の厳島の社((厳島神社))は、後ろ山深くしげり、前は((底本「は」なし。諸本により補入。))海、左は 野、右は松原なり。東の野の方に、清水、清く流れたり。これを「御手洗(みたらひ)」といふ。 御社、三所におはしますが、また少し前の方に引きのきて、南北へ三十三間、東西へ二十五間の廻廊侍る。潮の満つ時は、かの廻廊の板敷の下まで海になり、潮の引く時は、白砂子(しらすなご)五十町ばかりなり。 しかあれば、潮のさしたる時回れば、船にて廻廊までは参るなり。気高し。いみじきこと、たとへもなく侍る。 ただし、いかなる御ことやらむ、御簾の上には御正体の鏡を懸け参らせで、御簾より下に懸け参らするなり。かの御神は、女房神にておはしますなれば、かくはならわせるやらん。 おほかたは、御社は山上に上がり、廻廊は平地にあり。東西南の三方はれわたりて、ことに心も澄み侍り。所に獣(しし)を狩らざれば、御山には男鹿啼き、草に露落ち、野地東なれば虫の声盛りに侍り。 何心なき人も、この御社にては心の澄むなると、申し伝へて侍り。 ===== 翻刻 ===== 安藝厳島の社は後山深くしけり前海左は 野右は松原也東の野の方に清水きよく 流たり是をみたらゐと云ふ御社三所にお はしますか又すこし前の方に引のきて南北へ 三十三間東西へ廿五間の廻廊侍る塩のみつ時/k136l は彼廻廊の板敷の下まて海に成塩のひく 時はしらすなこ五十町はかりなりしか有はしほの さしたる時まはれは船にて廻廊まてはまい る也けたかしいみしき事たとへもなく侍る但い かなる御事やらむ御簾の上には御正体 の鏡を懸まいらせて御すより下にかけ まいらする也彼御神は女房神にて御座 なれはかくはならわせるやらん大方は御社は山上 にあかり廻廊は平地にあり東西南の三 方はれ渡て殊に心もすみ侍り所にししを/k137r からされは御山には男鹿啼草に露落野 地東なれは虫の声盛に侍り何心なき人も 此御社にては心のすむなると申伝て侍り/k137l