無名抄 ====== 第56話 頼政歌道にすける事 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 頼政歌道にすける事 ** 俊恵いはく、「頼政卿はいみじかりける歌仙なり。心の底まで歌になりかへりて、常にこれを忘れず心にかけつつ、鳥の一声鳴き、風のそそと吹くにも、まして花の散り、葉の落ち、月の出入、雨・雪などの降るにつけても、立居(たちゐ)起き臥しに風情をめぐらさずといふことなし。まことに秀歌の出で来るも理(ことわり)とぞ思え侍りし。かかれば、しかるべき時名上げたる歌ども、多くは擬作((底本「凝作」。諸本により訂正))にてありけるとかや。大方(おほかた)の会の座に連なりて、歌うち詠じ、良き悪しき理(ことわり)などせられたる気色(けしき)も、深く心に入れる事と見えていみじかりしかば、かの人のある座には何事もはえあるやうに侍りしなり」。 ===== 翻刻 ===== 頼政哥道ニスケル事 俊恵云頼政卿はいみしかりける哥仙也心のそこま て哥になりかへりてつねにこれをわすれす心に かけつつ鳥の一声なき風のそそとふくにも まして花のちり葉のをち月の出入あめ雪な とのふるにつけてもたちゐおきふしに風情 をめくらさすといふことなしまことに秀哥の/e48r いてくるもことはりとそおほえ侍しかかれはしかるへき とき名あけたる哥ともおほくは凝作にてありけると かやおほかたの会の座につらなりて哥うち詠しよ きあしきことはりなとせられたるけしきもふかく 心にいれる事とみえていみしかりしかはかの人の ある座にはなにこともはゑあるやうに侍し也/e48l