蒙求和歌 ====== 第7第4話(104) 子猷尋戴 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 子猷尋戴 ** 晋の王羲之が第四の子、王子猷((王徽之))、戴の安道((戴安道・戴逵))とは多年の友なり。琴詩酒の遊びには、筵(むしろ)を一つにし、雪月花のながめに袖を連ねずといふことなし。 子((猷を脱するか。))、山陰にこもり居たるに、夜、おほきに雪降れりけり。子猷、眠り((「眠り」は底本「ネフ」。諸本により「り」を補う。))覚めて、酒をくみて、四望するに、景気皎然たり。 一人心を澄ましつつ、左思が招隠の詩((「招隠の詩」は底本「松隠ノ詩」。書陵部本(桂宮本)及び典拠により訂正。))を詠じて、剡県の戴安道を思へり。すなはち、一小船に棹(さを)さして、剡県におもむく。沙堤、雪白くして、水面に月浮び、船の内のながめ、波の上のあはれ、一つとして心をくだかずといふことなし。 あくがれ行くほどに、戴安道が家の門のほとりに至りぬ。五夜、まさに明けむとして、万感、すでに尽きにければ、むなしく漕ぎ帰りしを、「会はではいかが」と聞こゆれども、「雪月の興にのりて来たりき。興尽きて帰りぬ。何ぞ必ずしも、戴安道に会はむ」とぞ答へけり。   何かまた会はで帰ると思ふべき月と雪とは友ならぬかは ===== 翻刻 ===== 子猷尋戴 晋ノ王羲之カ第四ノ子王子猷戴ノ安道トハ多年ノトモ ナリ琴詩酒ノアソヒニハムシロヲヒトツニシ雪月花ノナカメニソ テヲツラネスト云コトナシ子山陰ニコモリヰタルニヨルヲホキニ 雪フレリケリ子猷ネフサメテ酒ヲクミテ四望スルニ景気 皎然タリヒトリ心ヲスマシツツ左思カ松隠ノ詩ヲ詠シテ 剡県ノ戴安道ヲ思ヘリ即一小船ニサホサシテ剡県ニヲモ ムク沙堤雪白クシテ水面ニ月浮船ノウチノナカメ浪ノ上ノ アハレヒトツトシテ心ヲクタカスト云事ナシアクカレユクホト ニ戴安道カ家ノ門ノホトリニイタリヌ五夜マサニアケムト シテ万感ステニツキニケレハムナシクコキカヘリシヲアハテハイ/d1-51r カカトキコユレトモ雪月ノ興ニノリテキタリキ興ツキテカヘリ ヌナムソカナラスシモ戴安道ニアハムトソコタヘケリ ナニカマタアハテカヘルトヲモフヘキ月ト雪トハトモナラヌカハ/d1-51l