蒙求和歌 ====== 第5第19話(89) 斉后破環 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 斉后破環 ** 斉の襄王の后は、太史敫((「太史敫」は底本「大史激」。書陵部本(桂宮本)は「檄」。典拠により訂正。以下同じ。))が女(むすめ)なり。 昔、楽毅が斉の国を侵す時、襄王、隠れ給ふあひだに、誰とも知らぬさまにて、太史敫が家に宿り居て会へりけり。その家の女(むすめ)、宿り人を、ただ人にはあらぬさまに見なして、ひそかに着物・食ひ物を送りて、情けをほどこしけり。かくしつつ、互ひに心通ひにければ、つひに逢ひ給ひにけり。 後に、襄王、位(くらひ)にかへりつきて、この女を后(きさき)に立てられにけり。 秦始皇、「斉の国を討ち取らむ」と思ひて、まづ((底本「まづ」虫損。書陵部本(桂宮本)により補う。))后の心を謀らむために、連環を贈りたるを、后、その心を悟り得て、これを打ち砕きて、秦のつかひに((底本「に」なし。書陵部本(桂宮本)により補う。))謝しけり。 使、帰り来たりて、ありのままに秦皇に申すに、秦皇、心の色を讃めて、斉の国、侵さむことを、長く思ひとどまり給ひにけり。   たまかづらはふきもかひぞなかりけるはらふ嵐の心強さに ===== 翻刻 ===== 斉后破環 斉ノ襄王ノキサキハ大史激カムスメ也昔楽毅カ斉ノ国ヲ ヲカストキ襄王カクレ給アヒタニタレトモシラヌサマニテ 大史激カ家ニヤトリヰテアヘリケリソノ家ノムスメヤトリ 人ヲタタ人ニハアラヌサマニミナシテヒソカニキモノクヒモノヲオク リテナサケヲホトコシケリカクシツツタカヒニココロカヨヒニケレハ ツヒニアヒタマヒニケリ後ニ襄王クラヒニカヘリツキテ此女ヲ キサキニタテラレニケリ秦始皇斉ノ国ヲウチトラムト思テ □キサキノココロヲハカラムタメニ連環ヲヲクリタルヲキサキソノ ココロヲサトリエテコレヲウチクタキテ秦ノツカヒ謝シケリ使カヘリキ/d1-44l タリテアリノママニ秦皇ニ申スニ秦皇ココロノ色ヲホメテ斉ノ 国ヲカサムコトヲナカク思ヒトトマリ給ニケリ タマカツラハフキモカヒソナカリケルハラフアラシノ心ツヨサニ/d1-45r