蒙求和歌 ====== 第3第16話(51) 伯瑜泣杖 擣衣 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 伯瑜泣杖 擣衣 ** 伯瑜、いとけなき時、心にたがふことあれば、母、杖して打ちけり。伯瑜、杖を受けて、痛み泣くことなし。 母、老いて後、また伯瑜を打つに、伯瑜、おほきに痛み泣きけり。母のいはく、「われが昔打ちしに、泣くことなかりき。今更に痛み泣くこと、われを恨むる心あるべし」と、あやしみ言へり。伯瑜、答へていはく、「母の若くして打ちし杖は、強く当りて、身にしみしかども、心にはいまだ痛まざりき。今も杖を痛み恨むるにはあらず。杖の弱く当るにつけて、齢(よはひ)衰へて、力の尽き果てたることを憂へ泣くなり」と言へり。 母、これを聞くに、せむかたなくあはれと思ひけり。   秋の夜の老いの寝覚めに擣(う)つ衣(ころも)弱る響きはいかが悲しき ===== 翻刻 ===== 伯瑜泣杖 擣衣 伯瑜いとけなきとき心にたかふことあれは母つゑしてうちけり 伯瑜つゑをうけていたみなくことなし母をいて後また伯瑜を うつに伯瑜をほきにいたみなきけり母の云く我か昔しうちしに なくことなかりき今さらにいたみなくこと我をうらむる心あ るへしとあやしみ云り伯瑜こたえて云く母のわかくして うちしつゑはつよくあたりてみにしみしかとも心にはいまたいたまさ りき今もつゑをいたみうらむるにはあらすつゑのよはくあた るにつけてよはいをとろへてちからのつきはてたることをうれゑな くなりと云り母これをきくにせむかたなくあはれとをもひけり あきのよのをいのねさめにうつころもよはるひひきはいかかかなしき/d1-27l