蒙求和歌 ====== 第1第18話(18) 霊運曲笠 藤花 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 霊運曲笠 藤花 ** 謝霊運、好みて曲柄笠を用ゐけり。孔隠士((底本「孔隠子士」。子は衍字とみて削除。))、謗(そし)りていはく、「なんぢは心に素直ならむことを思へり。曲れるものを捨てざること、なんぢ、身に似ず」と言へり。 霊運、答へていはく、「己(おの)が身((底本「ソノカミ」。「ヲ」を「ソ」に誤ったもの。書陵部本(桂宮本)により訂正。))の影を愚かに憎む((「憎む」は底本「ニクス」。書陵部本(桂宮本)により訂正。))人ありき。己が影は怖(お)づべきものにあらず。いたりて愚かなる人と言ひつべし。曲れる笠は、枯木の曲れる影を嫌ひ憎まば、すなはち影を怖ぢしたぐひなり。われは身の影を怖づる心なければ、曲れる柄の笠を捨てず」と言へり。 「影を怖づる人」と言へるは、昔、漁父の、孔子に申していはく、「身の影を怖ぢて逃げ走る人あり。足を上げて早く走るに、影も従ひて早し。身を責めて走るに、われはなほ遅く((「遅く」は底本「ヲ□□」でヲ以下虫損。書陵部本(桂宮本)により補う))、追ふものは早き心地して、力を尽して走るに、息絶えて死ぬ。いたりて愚かなる例(ためし)を言へるなり((「なり」は底本「ヤ」。諸本「也」に従う。))。   三笠山松の横枝(よこえ)をとがめきて宿るが藤の花に折らるな ===== 翻刻 ===== 霊運曲笠 藤花 謝霊運コノミテ曲柄笠ヲモチヰケリ孔隠子士ソシリ テ云ク汝ハ心ニスナヲナラム事ヲ思ヘリマカレルモノヲステ サルコト汝チミニニスト云ヘリ霊運答テ云クソノカミ ノ影ヲヲロカニニクス人有キヲノカカケハヲツヘキモノニア ラスイタリテヲロカナル人トイヒツヘシマカレルカサハ枯木ノ マカレルカケヲキラヒニクマハスナハチカケヲヲチシタクヒナリ 我ハミノ影ヲヲツル心ナケレハ曲レル柄ノ笠ヲステス云トヘリ 影ヲヲツル人ト云ヘルハ昔シ漁父ノ孔子ニ申テ云ク身ノ 影ヲヲチテニケハシル人有足ヲアケテ早クハシルニ影モ シタカヒテハヤシ身ヲセメテハシルニ我ハ尚ヲ□□ヲフ/d1-14r 物ハハヤキココチシテ力ヲツクシテハシルニイキタヘテ 死ヌイタリテヲロカナルタメシヲ云ルヤ ミカサヤマ松ノヨコエヲトカメキテヤトルカフチノ花ニヲラルナ/d1-14l