蒙求和歌 ====== 第1第1話(1) 漢祖龍顔 立春 ====== ===== 校訂本文 ===== ** 漢祖龍顔 立春 ** 漢の高祖((劉邦))、姓は劉、名は邦、字は季、沛県の豊人なり。母は劉媼。劉媼が夫、大公なり。 劉媼、昔、大沢の堤(つつみ)に休み臥したるところに、雨降り神鳴りけり。夢のうちに神にとつぎけり。大公、行きて見るに、竜、その上にあり。劉媼、これより孕みて、高祖を生みてけり。 高祖、生まれて龍顔あり。髭(ひげ)・鬢(びん)よし。左のももに七十二の黒子(ははくそ)あり。 時に呂公といふ人あり。賢才世に聞こえて、国の老父、酒を持て来集まりて、宴飲して、世の中のことを言ひ合はせけり。高祖、若く賤しくてのころ、来たり臨めり。座中の人、おのおのあさむ中、笑ひて、「この座には、千の銭を持たざる人は来たることなし」と言ひて、筵(むしろ)の末に据ゑてけり。 上客呂公、しばしば高祖を見て、驚きて、座より下りて、高祖の手を取りて、「臣は、若くより、好みて人を相して、相する所違(たが)ふことなし。君は天子の相あり」と言ふ。座上に据ゑて、ねむごろに語らひて、「わが娘にあはせむ」と契りてけり。座中、目を驚かさずといふことなし。呂公が妻、大にうけざりけれども、「見る所あり」と言ひて、つひに娘を高祖にあはせてけり。一男両女を生めり。 呂后、道のほとりに屋舎を建てて、物を売るよしして、高祖を隠し据ゑてけり。舎屋は秦の東南に当れりけり。秦の始皇帝、「東南に天子の気あり」と憤り給へり。呂公、いよいよ恐れけり。その屋舎を去りて芒碭山(ばうたうざん)の巌の中に隠れぬ。妻、尋ね来たれり。驚き問ふに、「紫雲をしるべにて来れり」と言ふ。高祖、あはれと思ひ知りぬ。高祖が居たる所、ことに紫雲たなびきけり。 時に、秦皇、崩じかくれ給ひて、丞相趙高、世を取りて、秦皇の長子扶蘇(ふそ)を失なひて、弟胡亥(こがい)、王として二世皇帝とす。趙高、心に違ふことやありけむ、鹿を馬と言ふに、群臣、皆趙高が言葉にしたがふ。さて、二世帝を討ちつ。 二世の兄に、扶蘇の子、子嬰のいとけなきを王として、国すでに乱れぬ。趙高、子嬰に討たれぬ。子嬰、位にあることわづかに四十六日なり。 楚の懐王((義帝))、このことを聞きて、項羽を大将とし、高祖を次将として、秦の国を討ちにつかはす。項羽と高祖と((底本「と」虫損。書陵部本により補う。))兄弟の契をなして、「まづ入らむ人、宮中を行ふべし」と言ひ定めて、高祖、先(さき)に入るといへども、項羽、後に入りて契をたがへて、万余里を取りて、わがままにせり。高祖、千里を取れり。 懐王を仰ぎて、皇帝とすべきところに、項羽、地を得て懐王に知らせずして、おのれが諸将に分けて与へて、はてには懐王をうち殺しつ。高祖、深き悲しみに憤りて、「天に代りて、項羽を討たん」と思ひなりぬ。わづかに百余人の将をもて、百万の軍に争ひ戦へり。項羽、四面を囲みて、高祖あやうく見え((底本「見」虫損。書陵部本により補う。))けるに、逆風吹きて、四方にはかに暗れぬ。そのまぎれに逃るることを得たり。 歳を重ぬといへども、陳平・張良が謀(はかりごと)を得て、つひに項羽を攻め落して、天下を得たり。皇帝とす。父大公をば太上皇帝とす。それ、天に二つ日なし、地に二つの主なし。大公は父たりといへども人臣なり。高祖は子たり((底本「た」虫損。書陵部本により補う。))といへども、人主なり。人主をして人臣を拝すべきにあらざるゆゑに((底本「に」虫損。書陵部本により補う。))、大公みづから下りて、高祖を拝せしむ。 およそ、政(まつりごと)を行ふこと、仁徳をほどこし給へり。賢者をすすめ、讒をしりぞけ、能を讃め、忠を賞し給へり。かくて、四海平らぎ、万民楽しべり。春は和暖の気ととのほり、秋は清涼の景そなはれり。 すべて、高祖より献帝に至るまで、子孫を重ぬること二十七代四百十八年なり。   あめのした行く末遠き春の色は沢辺(さはべ)の草にあらはれにけり((底本は和歌を欠く。書陵部本(桂宮本)により補った。))   めづらしき春の朝日は紫の雲間を出でし光なりけり((書陵部本(桂宮本)に異本としている。)) ===== 翻刻 ===== 漢祖龍顔 立春 漢高祖姓劉名邦字季沛県ノ豊人也母ハ 劉媼劉媼カ夫大公ナリ劉媼昔大沢ノツツミニヤ スミフシタルトコロニ雨フリ神ナリケリ夢ノ裏ニ神ニ トツキケリ大公ユキテミルニ龍其上ニ有劉媼コレヨ リハラミテ高祖ヲウミテケリ高祖ムマレテ龍顔 アリヒケヒムヨシ左ノモモニ七十二ノ黒子(ハハクソ)アリ トキニ呂公ト云人アリ賢才ヨニ聞テ国ノ老父酒ヲ 持来集テ宴飲シテ世ノ中ノ事ヲ云合セケリ高祖 ハカクイヤシクテノコロ来リ臨メリ座中ノ人各アサ ム中ワライテ此座ニハ千ノ銭ヲモタサル人ハ来事ナシ/d1-6l ト云テムシロノスヱニスヱテケリ上客呂公シハシハ高祖ヲ ミテ驚テ座ヨリクタリテ高祖ノ手ヲ取テ臣ハワカクヨリ コノミテ人ヲ相シテ相スル所タカフ事ナシ君ハ天 子ノ相アリト云座上ニスヱテネムコロニカタラヒテ我カ ムスメニアハセムトチキリテケリ座中目ヲヲトロ カサスト云事ナシ呂公カ妻大ニウケサリケレトモ ミルトコロ有ト云テツイニムスメヲ高祖ニアハセテケリ 一男両女ヲウメリ呂后ミチノホトリニ屋舎ヲタテテ物ヲ ウルヨシシテ高祖ヲカクシスヱテケリ舎屋ハ秦ノ東南ニ アタレリケリ秦ノ始皇帝東南ニ天子ノ気有トイキ トホリ給ヘリ呂公弥恐レケリ其ノ屋舎ヲ去テ芒碭(ハウタウ) 山ノ巌ノ中ニ隠レヌ妻尋ネ来レリ驚キ問ニ紫雲ヲシルヘニテ 来レリト云高祖アハレト思ヒ知ヌ高祖カヰタル所コトニ 紫雲タナヒキケリ時ニ秦皇崩カクレ給テ丞相/d1-7r 趙高ヨヲトリテ秦皇ノ長子扶蘇(フソ)ヲウシナヒテ弟 胡亥(カイ)王トシテ二世皇帝トス趙高心ニタカフ事ヤ アリケム鹿ヲ馬ト云ニ群臣皆趙高カコトハニ随フサテ 二世帝ヲウチツ二世ノ兄ニ扶蘇ノ子子嬰ノイトケ ナキヲ王トシテ国ニ既ニ乱ヌ趙高子嬰ニウタレヌ子嬰 位ニアル事僅ニ四十六日也楚懐王此事ヲ聞テ項羽ヲ 大将トシ高祖ヲ次将トシテ秦ノ国ヲ打ニ遣ス項羽ト 高祖□兄弟ノ契ヲ成テ先ツ入ラム人宮中ヲヲコナフヘシト 云ヒ定テ高祖サキニ入ト云トモ項羽後ニ入テ契ヲタカヘテ 万余里ヲトリテ我カママニセリ高祖千里ヲトレリ懐 王ヲ仰テ皇帝トスヘキ処ニ項羽地ヲ得テ懐王ニシラセス シテヲノレカ諸将ニ分テ与テハテニハ懐王ヲ打殺ツ高祖深 悲シミニイキトホリテ天ニカハリテ項羽ヲ打ト思ヒ成ヌ僅ニ 百余人ノ将ヲモテ百万ノ軍ニアラソヒタタカヘリ項羽四/d1-7l 面ヲカコミテ高祖アヤウク□ヱケルニ逆風吹テ四方俄ニク レヌソノマキレニノカルルコトヲ得タリ歳ヲカサヌト云トモ 陳平張良カハカリコトヲエテ終ニ項羽ヲセメヲトシテ 天下ヲ得タリ皇帝トス父大公ヲハ太上皇帝トスソレ 天ニ無二日地ニ無二ノ主大公ハ雖為父人臣也高祖ハ 子□リト云トモ人主也人主ヲシテ人臣ヲ可拝ニアラサ ルユヱ□大公ミツカラヲリテ高祖ヲ令ム拝セ凡ソ政トヲヲコ ナフコト仁徳ヲホトコシ給ヘリ賢者ヲススメ讒ヲシリソケ 能ヲホメ忠ヲ賞シ給ヘリカクテ四海タヒラキ万民 タノシヘリ春ハ和暖ノ気トトノホリ秋ハ清涼ノ景ソ ナハレリスヘテ高祖ヨリ献帝ニイタルマテ子孫ヲ カサヌル事廿七代四百十八年也/d1-8r