蒙求和歌 ====== 仮名序 ====== ===== 校訂本文 ===== 蒙求は李瀚が意根よりおこりて、古き跡を集めて人に伝へ、和歌は柿本の言葉より栄えて、あらたなる((底本「あらたる」。書陵部本により補入。))ことわざ、心、日本(やまと)・唐(もろこし)の道((底本「□ち」。書陵部本により訂正。))をたどり、詞(ことば)は花と月との色にまどへるものあり。 いとけなくて、この書を伝へ読むといへども、竹の枝に鞭(むち)を打ち、境(さかい)をかへりみること忘れ、盛りの時はその心を悟らむとすれば、また、柳の葉を編むにもの憂くして、奥を極むるに及ばず。 中ごろは北闕の北に家を忘れて、霜を踏み、星をいただくにいとまなく、今は東邑の東に簾(すだれ)を閉じて雪をかかげ、蛍を灯すに便りあり。時に男・女の名を一巻のうちに抜き出でて、かしこくおろかなる例(ためし)をあまたの文(ふみ)のそこよりうかがひ出でたり。 歌二百五十を連ねて、巻一十有四をなせり。父の記す所、暗しといふとも、この悟る所明らかならむためならし。年は初め久しき、時はきのえの秋、のどけきみづのえの波に、紫のさを毛の筆を染めて、白き麻の紙に記すとなり。 ===== 翻刻 ===== 蒙求ハ李瀚カ意根ヨリヲコリテフルキ跡ヲアツ メテ人ニツタヘ和哥ハ柿本ノ言葉ヨリサカヘテア ラタルコトワサココロヤマトモロコシノ□チヲタトリ/d1-4r コトハ花ト月トノ色ニマトヘルモノアリイトケナク テコノ書ヲツタヘヨムトイヘトモ竹ノエタニムチヲ ウチサカイヲカヘリミルコトワスレサカリノ時ハソ ノ心ヲサトラムトスレハ又ヤナキノハヲアムニモノウクシテ ヲクヲキハムルニヲヨハスナカコロハ北闕ノ北ニ 家ヲハスレテ霜ヲフミ星ヲイタタクニイトマナク 今ハ東邑ノ東ニスタレヲトチテ雪ヲカカケホタルヲ トモスニタヨリアリトキニ男コ女ナノ名ヲ 一巻ノウチニヌキイテテカシコクヲロカナル タメシヲアマタノフミノソコヨリウカカヒイテタリ 歌二百五十ヲツラネテ巻一十有四ヲナセリチチ ノシルス所クラシトイフトモコノサトル所アキラカナ ラムタメナラシ年ハハシメヒサシキ時ハキ(歟)ノエノアキ ノトケキミツノヱノナミニムラサキノサヲケテフテヲ/d1-4l ソメテシロキアサノカミニシルストナリ/d1-5r