古本説話集 ====== 第50話 関寺の牛に依りて、和泉式部、和歌を詠む事 ====== **依関寺牛事 和泉式部詠和哥事 ** **関寺の牛に依りて、和泉式部、和歌を詠む事**((標題上は二話になっているが、一つの説話なので最初の「事」を削除し、連結した。)) ===== 校訂本文 ===== 今は昔、逢坂のあなたに、関寺といふ所に、牛仏現れ給ひて、よろづの人参りて見奉りけり。 大きなる堂を建てて、弥勒を造り据ゑ奉りける。くれ、えもいはぬ大木ども、ただこの牛一つして運ぶわざをなんしける。繋がねども行き去ることもせず。ささやかに、見目もをかしげにて、例の牛の心ざまにも似ざりけり。 入道殿((藤原道長))をはじめ参らせて、世の中におはしある人、参らぬはなかりけり。御門((後一条天皇))、東宮((敦良親王・後朱雀天皇))ぞえおはしまさざりける。 この牛、悩ましげにおはしければ、「うせ給ひぬべきか」とて、いよいよ参り来む。聖は御影像を描かせんと急ぎけり。西の京に、いと貴く行ふ聖の夢に見えける。「迦葉、仏道に涅槃のぞむなり。智者、貴く結縁せよ」とぞ見えたりける。いとど人参りけり。歌詠む人もありけり。 和泉式部、   聞きしより牛に心をかけながらまだこそ越えね逢坂の関 ===== 翻刻 ===== いまはむかしあふさかのあなたにせきてら といふ所にうし仏あらはれ給てよろつのひと/b138 e70 まいりてみたてまつりけりおほきなるた うをたててみろくをつくりすゑたてまつり けるくれえもいはぬ大木ともたたこのうし 一してはこふわさをなんしけるつなかねとも いきさることもせすささやかにみめもおかし けにてれいのうしのこころさまにもにさり けり入道殿をはしめまいらせて世中にお はしあるひとまいらぬはなかりけり御かと 東宮そえおはしまささりけるこのうしなや ましけにおはしけれはうせ給ぬへきかとていよいよ/b139 e70 まいりこむひしりは御ゑいさうをかかせんと いそきけりにしの京にいとたうとくをこなふ ひしりのゆめにみえけるかせう仏道にねはん のそむ也ちさたうとくけちえんせよとそ みえたりけるいとと人まいりけり哥よむひともあり けりいつみしきふ 聞しよりうしにこころをかけなから またこそこえねあふさかのせき/b140 e71