古本説話集 ====== 第49話 清水の利生に依りて、谷底に落ち入る少児、生けしむ事 ====== **依清水利生落入谷底少児令生事** **清水の利生に依りて、谷底に落ち入る少児、生けしむ事** ===== 校訂本文 ===== 今は昔、忠明(ただあきら)といふ検非違使ありけり。若男にてありけるとき、清水の橋殿にて京童と諍いをしける。 京童、手ごとに刀を抜きて、忠明をたて籠めて殺さんとしければ、忠明も刀を抜きて御堂ざまに出たるに、御堂の東(ひんがし)の妻に、あまた立ちて向かひければ、そちはえ逃げで、蔀(しとみ)のもとを脇に挟みて、前の谷に躍り落つ。蔀に風しぶかれて、谷の底に鳥のゐるやうに、やをら落ちゐければ、それより逃げて往にけり。 京童、谷を見下して、あさましがりて、たち並みてなん見下しける。 また、いつごろのことにかありけん、女の児(ちご)を抱(いだ)きて、御堂の前の谷を覗きて立てるほどに、いかにしたるにかありけん、児を取り外して谷に落し入れつ。 すべきやうもなくて、仏の御前に向きて、「観音助け給へ」と、手をすりて惑ふに、つゆ傷な くて、谷の底の木の葉の多く溜りたる上になん、落ちかかりて臥せりければ、人々見て抱(いだき)上げて、あさましがり、貴がりけり。 ===== 翻刻 ===== いまはむかしたたあきらといふけひゐし ありけりわかおとこにてありけるときき よみつのはしとのにて京わらへといさかいをし ける京わらへてことにかたなをぬきてたた あきらをたてこめてころさんとしけれは たたあきらもかたなをぬきて御たうさま/b136 e69 にてたるに御たうのひんかしのつまにあ またたちてむかひけれはそちはえにけてしと みのもとをわきにはさみてまへのたににを とりをつしとみにかせしふかれてたにの そこにとりのゐるやうにやをらおちゐ けれはそれよりにけていにけり京わらへ たにをみおろしてあさましかりてたち なみてなんみおろしける又いつころの ことにかありけんをんなのちこをいたきて 御たうのまへのたにをのそきてたてる程に/b137 e69 いかにしたるにかありけんちこをとりはつ してたににおとしいれつすへきやうもな くてほとけの御まへにむきてくわんをんた すけ給へとてをすりてまとふにつゆきすな くてたにのそこの木の葉のおほくたまり たるうゑになんおちかかりてふせりけれは 人々みていたきあけてあさましかりたう とかりけり/b138 e70