古本説話集 ====== 第40話 高忠の侍の事 ====== **高忠侍事** **高忠の侍の事** ===== 校訂本文 ===== 今は昔、高忠(たかただ)といひける越前の守の時に、いみじく不合(ふがう)なりける侍の、夜昼まめなるが、冬なれど、帷子(かたびら)一つをなむ着たりける。 雪のいみじく降る日、この侍の「清めす」とて、物の憑きたるやうに震うを身て、守、「歌詠め。をかしう降る雪かな」と言へば、この侍、「何を題にてつかまつるべきぞ」と申せば、「裸なるよしを言ひて詠め」と言ふに、ほどもなく震う声ささげて詠み上ぐ。   裸なる我が身にかかる白雪はうちふるへども消えせざりけり と詠みければ、守、いみじく褒めて、着たりける衣(きぬ)を脱ぎて取らす。北方もあはれがりて、薄色の衣のいみしう香ばしきを取らせたりければ、二つながら取りて、かいわぐみて、脇に挟みて立ち去りぬ。侍に行きれば、居なみたる侍ども見て、驚き怪しがりて尋ねけるに、かくと聞きて、あさましがりけり。 さて、この侍に、三日見えざりければ、あやしがり、守、尋ねさせければ、その北山に貴き山寺に、いみじき聖ありけり。それがもとに行きて、この得たる衣を二つながら取らせて言ひけるやう、「年まかり老ひぬ。身の不合、年を追いてまさる。この生の事は、やくもなき身に候ふめり。後生だにいかでとおぼえて、法師にまかりならむと思ひ侍れども、戒(かひ)の師にたてまつるへき物の候はねば、今にえまかりならぬに、かく思ひかけぬ物を給ひたれば、限りなくうれしう思ふ給へて、これを布施に参らするなり。とく法師になさせ給へ」と涙にむせかへりて泣く泣く言ひければ、法師、いみじう貴とがりて、法師になしてけり。 さて後、行く方もなくて失せにけれど、あり所も知らずなりにけり。 ===== 翻刻 ===== いまはむかしたかたたといひけるゑちせむ/b110 e56 のかみのときにいみしくふかうなりけるさふ らひのよるひるまめなるかふゆなれとかたひら 一をなむきたりけるゆきのいみしくふる日 このさふらひのきよめすとてもののつきたる やうにふるうをみてかみ哥よめをかしう ふるゆきかなといへはこのさふらひなにを 題にてつかまつるへきそと申せははたかなる よしをいひてよめといふにほともなくふる うこゑささけてよみあく はたかなるわかみにかかるしらゆきは/b111 e56 うちふるへともきえせさりけり とよみけれはかみいみしくほめてきたり けるきぬをぬきてとらす北方もあはれかり てうすいろのきぬのいみしうかうはしきをとら せたりけれは二なからとりてかいわくみてわき にはさみてたちさりぬさふらひにゆきた れはゐなみたるさふらひともみてをとろ きあやしかりてたつねけるにかくとききて あさましかりけりさてこのさふらひに三日 みえさりけれはあやしかりかみたつねさせ/b112 e57 けれはそのきたやまにたうとき山てらにいみ しきひしりありけりそれかもとにゆきて このえたるきぬをふたつなからとらせていひける 様としまかりおひぬ身のふかうとしををいて まさるこの生の事はやくもなき身に候めり 後生たにいかてとおほえて法師にまかりならむ と思ひ侍ともかひのしにたてまつるへき物ゝ候 はねはいまにえまかりならぬにかく思かけぬ物 を給たれはかきりなくうれしうおもふたまへ てこれをふせにまいらする也とく法師になさせ/b113 e57 給へとなみたにむせかへりてなくなくいひけれは ほうしいみしうたうとかりて法師にな してけりさてのちゆくかたもなくてうせ にけれと有ところもしらすなりにけり/b114 e58