古本説話集 ====== 第34話 或女房、鏡を売る事 ====== **或女房売鏡事** **或女房、鏡を売る事** ===== 校訂本文 ===== 今は昔、世のいたく悪かりける年、五月長雨のころ、鏡の箱を、女もて歩きて売りけるを、三河の入道((大江定基))のもとに持て来たりければ、沃懸地(いかけぢ)に蒔きたる箱なり。内に薄様を引き破りて、をかしげなる手にて書きたり。   今日までと見るに涙のます鏡馴れにし影を人に語るな とあるを見て、道心おこりけるころなりければ、いみじくあはれにおぼえて、うち泣きて、物十石、車に入れて、鏡は返し取らせてやりてけり。 雑色男(ざうしきおとこ)、帰りて、「五条町の辺に、あばれたりける所に、やがて下しつ」となむ語りける。誰といふとも知らず。 ===== 翻刻 ===== いまはむかしよのいたくわろかりけるとし 五月なかあめのころかかみのはこを女もてあり きてうりけるをみかはの入道のもとにもて きたりけれはいかけちにまきたるはこ也 うちにうすやうをひきやりてをかしけ なるてにてかきたり けふまてとみるになみたのますかかみ なれにしかけを人にかたるな とあるをみて道心をこりけるころなりけれは/b104 e53 いみしくあはれにおほえてうちなきて物 十こくくるまにいれてかかみは返しとら せてやりてけりさうしきおとこかへりて五条 まちのへむにあはれたりけるところにやかて をろしつとなむかたりけるたれといふとも しらす/b105 e53