古本説話集 ====== 第4話 匡衡、和歌の事 ====== ** 迬衡和哥事 ** ** 匡衡、和歌の事 ** ===== 校訂本文 ===== 今は昔、式部大輔匡衡((大江匡衡))、学生にて、いみじき物なり。宇治大納言((源隆国))のもとにありけり。 才は極めてめでたけれど、見目はいとしもなし。丈高く、指し肩にて、みぐるしかりければ、女房ども、「言ひまさぐりて、笑はむ」とて、和琴(わごん)を指し出だして、「よろづの事、知り給ひたなるを、これ弾き給へ。聞かむ」と、言ひければ、詠みて   逢坂の関のあなたもまた見ねば東の事も知られざりけり と、言ひたりければ、女房どもえ笑はで、やはらづつ引き入りにけり。 同じ匡衡、つかさ申しけるに、えならで嘆きけるころ、殿上人、大井に行きて、となせにさし上り歩きて遊ぶままに、人々、歌詠みけるに、匡衡かくなん詠みたりける。   川舟に乗りて心の行くときは沈める身ともおぼえざりけり 赤染の衛門((赤染衛門))が男なり。 ===== 翻刻 ===== いまはむかし式部大輔まさひら学生にていみ しき物也宇治大納言のもとに有けりさえはき はめてめてたけれとみめはいとしもなしたけ たかくさしかたにてみくるしかりけれは女房と もいひまさくりてわらはむとてわこむをさしいたし てよろつの事しり給たなるをこれひき給へき かむといひけれはよみて あふさかのせきのあなたもまたみねは/b32 e16 あつまの事もしられさりけり といひたりけれは女房ともえわらはてやはらつつ ひきいりにけりおなしまさひらつかさ申しけるに えならてなけきけるころ殿上人大井にゆき てとなせにさしのほりありきてあそふまま に人々うたよみけるにまさひらかくなん よみたりける かはふねにのりてこころの行ときは しつめる身ともおほえさりけり あかそめのゑもむかおとこなり/b33 e16