[[index.html|唐鏡]] 第六 魏蜀呉より余晋恭帝にいたる ====== 2 魏 明帝 ====== ===== 校訂本文 ===== [[m_karakagami6-01|<>]] 明皇帝((曹叡))、諱(いみな)は叡(えい)、字(あざな)は仲元。文帝((曹丕))の太子なり。天姿なべてならずして、御髪は地に引き給ふ。少しことどもりて、詞(ことば)少なにぞおはします。御母をば甄氏(しんし)と申す。文帝殺し奉られき。 文帝に随ひ奉りて、猟に出で給ひしに、子を具したる母鹿の出でたる、文帝射殺し給ひぬ。この君に、「鹿の子を射給へ」とのたまひけるに、申給はく、「陛下、その母鹿を殺し給ふ。われ、その子を射殺さんや」とて、涕泣し給へり。文帝、深く恥ぢて、あやしみ奉れり。 文帝の後、位に即き給ふ。この帝、東宮におはしましし時より、朝臣に交はらず、政事を問ひ給はず、ただひそかに書籍をのみ思惟し給ふ。位に即き給ひて後も、侍中劉曄(りうえふ)一人を召しに応じける。御前より出づる時、群臣、「いかに」と問ひけるに、「秦皇漢武の類」とぞ答へ侍りける。年号を太和とす。 太和三年、聴訟観(ていしようくわん)を建てて、諸の訟を決せらる。帝、常には、「獄(うたへ)は天下の性命なり」とぞのたまひける。大事の獄(うたへ)は、幸して細かに聞きて決せらる。 蜀の劉禅、建興七年なり。 呉孫権、黄竜元年なり。今年南郊を祭るには、皇帝の位に即きて、黄竜と改元せり。 太和六年秋九月に、景福永光殿を建つ。陳思王植((曹植))薨ず。七歩詩を作りし人なり。 青竜三年三月に、大いに洛陽宮を作りて、昭陽大極殿を建てて、章観を作らるる間、百姓、農を失なふ。 青竜四年夏四月、崇文館を建てて、文士を召し置かる。また凌雲台を立て、韋仲将といふ能書の人をして、額を書かしむる。この台は地を去ること十三丈九尺七寸五分なり。あるいは二十五丈ともいへり。風に随ひて揺動するに、韋仲将、魂魄(こんぱく)も失せて、片時に白髪と成りてをり。また、「書芸好むべからず」とぞ、子孫に戒めける。 呉の孫権、嘉禾五年は今年なり。彗星東方に見ゆ。 景初元年、芳林園に土をもち山を作る。公卿群僚、悉(ことごと)く土を負ひ、竹木善草をその上に植ゑ、山禽雑獣をその中に放ち置かる。 二年秋八月彗星見ゆ。 三年春正月病甚しくして、司馬宣王((司馬懿))を臥し給へるところへ引き入れて、宣王の手を取りて、「後事をもて君に告ぐ。君、曹爽(さうさう)とともに、少子((曹芳))をたすけよ。われ君を見ることうれは恨むることなし」とて、嘉福殿にして崩じ給ひぬ。御年三十六、在位十三年なり。 蜀の劉禅、延熙二年なり。 呉の孫権、赤烏二年なり。 [[m_karakagami6-01|<>]] ===== 翻刻 ===== 明皇帝諱叡字ハ仲元文帝ノ太子也天姿ナヘテナラスシテ 御髪ハ地ニ引玉フ少シコトトモリテ詞少ナニソオハシマス御母ヲハ甄 氏ト申ス文帝殺シ奉ラレキ文帝ニ随奉リテ猟ニ出給シニ子ヲ具シタル 母鹿ノイテタル文帝射殺給ヌ此君ニ鹿ノ子ヲ射玉ヘトノ給ケルニ 申給ハク陛下其母鹿ヲ殺給フ我其子ヲ射殺サンヤトテ涕 泣シ給ヘリ文帝深恥テアヤシミ奉レリ文帝ノ後位ニ即玉フ此帝 東宮ニオハシマシシ時ヨリ朝臣ニ不交政事ヲ問玉ハス只ヒソカニ書/s154r・m270 籍ヲノミ思惟シ玉フ位ニ即給テ後モ侍中劉曄一人ヲ召ニ応シケル御 前ヨリ出ル時群臣イカニト問ケルニ秦皇漢武ノ類トソ答侍ケル 年号ヲ大和トス 太和三年聴訟(テイシヨウ)観ヲタテテ諸ノ訟ヲ決セラル帝常ニハ獄ハ天下ノ 性命也トソノ給ケル大事ノ獄(ウタヘ)ハ幸シテコマカニ聞テ決セラル  蜀ノ劉禅建興七年也  呉孫権黄龍元年也今年南郊ヲ祭ニハ皇帝ノ位ニ即テ  黄龍ト改元セリ 太和六年秋九月ニ景福永光殿ヲタツ陳思王植薨ス七 歩詩ヲ作シ人也青龍三年三月ニ大ニ洛陽宮ヲ作テ昭陽大/s154l・m271 https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100182414/154?ln=ja 極殿ヲタテテ章観ヲ作ラルル間百姓農ヲウシナフ 青龍四年 夏四月崇文館ヲタテテ文士ヲ召ヲカル又凌雲臺ヲ立韋 仲将ト云能書ノ人ヲシテ額ヲカカシムル此臺ハ地ヲ去事十三丈九尺 七寸五分也或ハ廿五丈トモイヘリ風ニ随テ揺動スルニ韋仲将 魂魄モウセテ片時ニ白髪ト成テヲリ又書藝好ムヘカラストソ子孫ニ イマシメケル  呉孫権嘉禾五年ハ今年也彗星東方ニ見 景初元年芳林園ニ土ヲモチ山ヲ作ル公卿群僚悉ク土ヲ負ヒ竹 木善草ヲ其上ニウヘ山禽雑獣ヲ其中ニハナチヲカル 二年 秋八月彗星見 三年春正月病甚シテ司馬宣王ヲ臥玉ヘル/s155r・m272 処ヘ引入テ宣王ノ手ヲトリテ後事ヲモテ君ニツク君曹爽(サウサウ)ト共ニ少 子ヲタスケヨ我君ヲミルコトウレハウラムル事ナシトテ嘉福殿ニシテ崩給ヌ 御年三十六在位十三年也  蜀劉禅延熙二年也  呉孫権赤烏(セキウ)二年也/s155l・m273 https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100182414/155?ln=ja