今昔物語集 ====== 巻6第22話 震旦貧女銭供養薬師像得富語 第廿二 ====== 今昔、震旦の辺土に一人の貧女有けり。貧くして寡((底本異体字、女偏に寡))(やもめ)也。家に一塵の貯へ無し。只、一文の銅の銭許有り。 此の女人、心に思はく、「此の一文の銭、我が為に一生の間の資粮と成るべからず。然れば、如かじ、我れ、此の銭を以て、仏像に供養し奉らむ」と思て、即ち、一の寺に詣でて、霊験の薬師の御前にして、此の銭を供養し奉て、家に還ぬ。 其の後、七日を経て、隣の里に富人有り。其の妻、頓死しぬ。然れば、其の夫有て、妻を求む。然而も、心に随ふ事を得ず。 此れに依て、彼の薬師の霊像の御許に詣でて、此の事を祈るに、其の夜の夢に僧来て、告て云く、「汝ぢ、速に其の里に一人の貧女有り。其れを以て妻と為べし」と。 夢覚めて後、彼の貧女を尋て、其の家に行て、「娶(とつが)む」と云ふに、貧女の云く、「我れ、家貧くして、此の事を承引すべきに非ず」と云へども、男、彼の仏の示し給ふ由を語て、遂に娶て、妻としつ。 其の後、年来を経るに、富貴更に衰へずして、三男二女を生ましめたり。 此れ、皆、此の霊像の利益を蒙れる也。然れば、薬師の誓ひ((底本頭注「誓ヒ一本誓願ニ作ル」))に違ふ事無しとなむ、語り伝へたるとや。