今昔物語集 ====== 巻17第45話 吉祥天女𡓳像奉犯蒙罸語 第四十五 ====== **底本、標題のみで本文を欠く。底本付録「本文補遺」の鈴鹿本により補う。** 今昔、聖武天皇の御代に、和泉の国和泉国の郡の血渟上山寺に、吉祥天女の𡓳((土へんに聶))像在ます。其の時に、信濃の国より、事の縁有て、其の国に来れる一人の俗有けり。其の山寺に行て、吉祥天女の𡓳像を見て、忽に愛欲の心を発して、彼の像に心を懸け奉て、明け暮れ此れを恋ひ悲て、常に願て云く、「此の天女の如くに、形ち美麗ならむ女を、我れに得しめ給れ」と。 其の後、此の俗、夢に彼の山寺に行て、其の天女の𡓳像を婚奉ると見て、夢覚め、「奇異也」と思て、明る日、彼の寺に行て、天女の像を見奉れば、天女の像の裳の腰に、不浄の婬付て染たり。俗、此れを見て、過を悔ひ、泣き悲むで申さく、「我れ、天女の像を見奉るに、愛欲の心を発に依りて、『天女に似たらむ女を得しめ給へ』と願つるに、忝なく□□□□□身を自らに交へ奉る事を怖れ歎く」と。 然れば、此れを恥て、此の事を努々他人に語らず。而るに、親き弟子、自然ら窃に此の事を聞けり。 其の後、其の弟子、師の為めに無礼を成す故に、弟子、追ひ去けられて、其の里を出ぬ。他の里に至て、師の事を謗て、此の事を語る。其の里の人、此の事を聞て、師の許に行て、其の虚実を問ひ、并に、彼の天女の像に婬穢の付ける事を尋ぬるに、師、隠し得る事能はずして、具に陳ぶ。人、皆此の事を聞て、「希有也」と思けり。 誠に懃(ねんごろ)に心を至せるに依て、天女の権(かり)に示し給けるにや。此れ奇異の事也。此を思ふに、譬ひ多婬なる人有て、好き女を見て、愛欲の心を発と云とも、強に念を繋る事を止むべし。此れ極て無益の事也となむ語り伝へたるとや。