今昔物語集 ====== 巻16第37話 清水二千度詣男打入双六語 第卅七 ====== 今昔、京に有る所に仕はるる青侍有けり。為事の無かりけるにや、人の詣けるを見て、清水へ二千度なむ参たりける。 其の後、幾く程を経ずして、主の許にして、同様也ける侍と、双六を打合けり。二千度詣の侍、多く負て、渡すべき物の無かりけるを、□□強に責ければ、思ひ侘て云く、「我れ、露持たる物無し。只今貯へたる物とては、清水の二千度詣たる事なむ有るを、其れを渡さむ」と云へば、傍に見証する者共、此れを聞て、「此れは打量る也けり。嗚呼(をこ)の事也」と咲けるを、此の勝たる□((底本頭注「勝タルノ下宇治拾遺侍字アリ」))の□□、「此れ、糸吉き事□□□二千度詣を渡さば、速に□□□」。此の「□□□□□□□□□」云へば、勝侍の云く、「否(え)や、此くては((底本頭注「此クテハノ下同書(宇治拾遺物語)受ケ取ラジ三日シテコノ由申シテ云々トアリ」))不□□□□二□潔□□□□□□御前にして、事の由を申して、慥に己れ渡す由の渡文を□((底本頭注「渡文ヲノ下同書(宇治拾遺物語)書字アリ」))て、金打て渡さば、請取め」と云へば、負侍、「嗚呼の白物(しれもの)に合たり」とて思て、共に参ぬ。 勝侍の云ふに随て、渡由の文を書て、観音の御前にして、師の僧を呼て、金打て、事の由を申させて、「某が二千度参たる事、慥に某に双六に打入れつ」と書て、与たりければ、勝侍、請取て、臥し礼むで((底本頭注「礼ムノデ下脱文アラン同書(宇治拾遺物語)伏シ拝ミアカリ出デニケリトアリ」))、其の後、幾程を経ずして、此の打入たる侍、思懸ぬ事に係て、捕はれて、獄に禁ぜられにけり。 打入たる侍は、忽に便有る妻を儲て、思懸ぬ人の徳を蒙て、富貴に成て、官に任じて、楽しくてぞ有ける。 「三宝は目に見給はぬ事なれども、誠の心を至して請取たりければ、観音の哀れと思し食けるなめり」とぞ、聞く人、此の請取たる侍を讃て、渡したる侍をば悪((「にく」底本異体字。りっしんべんに惡))み謗けるとなむ、語り伝へたるとや。