今昔物語集 ====== 巻15第32話 河内国入道尋祐往生語 第卅二 ====== 今昔、河内の国の河内の郡の□□の郷に、入道尋祐と云ふ者有けり。初は俗にして、□□の□□と云けり。道心深く発にければ、出家して後、妻子を離れて、和泉の国松尾の山寺に移り住して、日夜、寤寐に弥陀の念仏を唱へ、常に印仏性((底本頭注「 印仏性ノ一句誤アラン」))を修す。亦、本より心に慈悲有て、人に物を施する心、尤も広し。 而る間、尋祐入道、年五十に余る程に、正月の一日、「頭痛す」と云て、聊に悩む。其の時に、戌時許より亥時許に至るまで、大なる光出来て、普く其の山の内を照す。暗の夜也と云へども、現はに竹木の枝葉明かに見えけり。此れを見る人、皆、「希有也」と思て、何の故也と云ふ事を知らず。 而る間、尋祐入道、終り貴くして入滅しけり。其の後、此の光り、漸く消にけり。其の辺の貴賤男女、此の事を聞て、此の寺に集り来て、貴ばざる無し。 明る朝に、里の人、覚互に問て云く、「夜前(ようべ)松尾の山寺に、俄に大なる光有りき。此れ何ぞの光ぞ。若し、彼の山寺に火事の出来けるか」と疑ひける。此に人有て、「尋祐入道の極楽に往生しける瑞相也」と云ければ、里の人、此れを聞て後ぞ、皆貴び悲びける。 此れを思ふに、本より堅固の聖人に非ずして、俗也と云へども、心を発して出家入道して、懃に「極楽に往生せむ」と願へば、此如くは往生する事多かり。然るを、聞かむ人、心を至て念仏を唱へて、極楽に往生せむと願ふべしとなむ、語り伝へたるとや。