今昔物語集 ====== 巻14第28話 山城国高麗寺栄常謗法花得現報語 第廿八 ====== 今昔、山城の国相楽の郡に高麗寺と云ふ寺有り。其の寺に一の僧有り。名をば栄常と云ふ。亦、同郡の内に一人の俗有り。此の俗、彼の栄常と得意也。 而るに、俗、高麗寺に至て、栄常が房に行て、栄常と碁を打つ。其の時に、乞食の僧、其の所に来て、法花経の□□品を誦して食を乞ふ。栄常、此の乞食の誦する経の音を聞て咲ふ。故に口を喎(ゆが)めて、音を横なはして、乞食の音を学ぶ。俗、此れを聞て、碁を打つ詞に、「穴恐し」と云ふ。 而る間、自然ら俗は度毎に勝つ。栄常は度毎に負く。其の時に、栄常、忽に居乍ら口喎ぬ。 然れば、驚き騒て、医師を呼て見しめて、医師の云ふに随て医(くすり)を以て療治すと云へども、遂に直る事無し。此れを見聞く人、「此れ偏に法花経を誦する乞食を、軽め咲て音を学べる故也」と、皆謗り悪((「にく」底本異体字。りっしんべんに惡))みけり。 此れ、正しく経の文に説けるが如し。「若し此の経を軽め謗る者有らば、世々に歯闕け、唇黒み、鼻平み、足戻(まが)り喎み、目眇(すがめ)なるべし」と。 此れを思ふに、世の人、此れを聞て、「乞食也と云ふとも、法花経を誦せむ者を、戯ても、努々軽しめ咲はずして、礼敬すべし」となむ語り伝へたるとや。