今昔物語集 ====== 巻12第26話 奉入法華経筥自然延語 第廿六 ====== 今昔、聖武天皇の御代に、山城の国相楽の郡に一人の人有けり。願を発し父母の恩を報ぜむが為に、法華経を写し奉れり。 供養の後、此の経を納奉らむが為に、遠近に白檀・紫檀を求て、此れを以て経筥を造らしむ。細工を呼て、経の程を量て造らしむるに、既に造り出せり。其の時に、経を入れ奉るに、経は永く筥は短し。然れば、願主、経を筥に入れ奉る事あたはずして、大に歎て、懃ろに誓を発して、僧を請じて、三七日の間、此の失錯を悔て、亦木を得む事を祈請はしむるに、二七日を経る時に、経を取て、試に此の筥に入れ奉るに、自然ら筥少し延て、経を入れ奉るに、僅に不足す。 其の時に、願主、「奇異也」と思て、「此れ祈請せるに依てか」と心を発して、弥よ祈念する間、三七日に満て、経を取て筥に入れ奉るに、筥延て、経吉く入り給ぬ。少も不足すと云ふ事無くして叶へり。願主、此れを見て、「奇異也」と思て、「此れ、若し経の短く成り給へるか、筥の延たるか」と疑て、此の経に等かりし経を以て此の経を量るに、等くして本の如く也。爰に、願主、涙を流して、経に向ひ奉りて礼拝しけり。 此れを見聞く人、「偏に願主の誠の心を発せるに依て也」と云て貴びけり。 此れを思ふに、「三宝の霊験は目に見給はずと云へども、誠の心を至せば此如く有る也」となむ、語り伝へたるとや。