成尋阿闍梨母集 ====== 二巻(1) 延久三年正月二十日 二巻 ====== ===== 校訂本文 =====   延久三年正月二十日(([[s_jojin1-01]]によれば、三十日の誤り。)) 二巻 岩倉を出でて、仁和寺(にわじ)へ渡りし折のことは、みな書きとどめて侍れど、なほ飽かず思えて。 その車に乗りけむほどを思ひ出づるに、つぶと思えず。いかばかり絶え入りたるにか。「死ぬる人の功徳人は、仏、夢に見え給ふなり。罪人(つみびと)は恐ろしげなるものなと見え、怖ろしきしさま思ゆらむ」など、うち返し思ふに、車よりかき下して臥ししより、起き居る時なくて過ぐすほどに、四月より、律師(りし)の御房((成尋阿闍梨母のもう一人の子。仁和寺の律師))、内の御修法(みすほふ)に参り給ふに、「仁和寺の居どころ、人離れておぼつかなし」とて、夜な夜なは宿直(とのゐ)に人おこせ給ふを、「京より来むにはいとほし」など、人々言ひて、そそのかして、律師も、「さは、出でよ」と、のたまふ。 いと出でにくく思へど、出づるに、車にも人のかき乗せて、直垂(ひたたれ)を敷きて、臥してぞ侍りし。 ===== 翻刻 ===== 延久三年正月廿日 二巻 いはくらをいててにわしへわたりし をりのことはみなかきととめてはへれと 猶あかすおほえてそのくるまにのり けむほとをおもひいつるにつふとお ほえすいかはかりたえいりたるにかし ぬる人のくとく人は仏ゆめにみえ 給ふなりつみ人はおそろしけな るものなと見えおそろしきさまお ほゆらんなとうちかへしおもふに/s29l くるまよりかきおろしてふししより おきゐる時なくてすくすほとに四月 よりりしの御房内の御す法にまいり たまふににわしのゐところ人はな れておほつかなしとてよなよなは とのゐに人をこせ給を京よりこん にはいとおしなと人々いひてそその かしてりしもさはいてよとのたまふ いといてにくくおもへといつるにくる まにも人のかきのせてひたたれを/s30r しきてふしてそはへりし我にも/s30l