十訓抄 第十 才芸を庶幾すべき事 ====== 10の75 朝成卿検非違使別当の時中納言を所望のあひだ・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 朝成卿((藤原朝成))、検非違使別当の時、中納言を所望のあひだ、石清水((石清水八幡宮))に詣でて、「われ、強盗百人が頸を切る者なり。その功労によりて、今度の闕に拝任すべき」よし、祈り申すべき旨(むね)を示されければ、神主いはく、「わが神、殺生を禁断し、放生をむねとしまします。いかでか、この由(よし)を申すべきや」と云々。 朝成、かさねていはく、「殺生を御禁断の宗、御託宣の文、明白なり。ただし、件(くだん)の託宣の末に、『為国家臣、悪者出来之時、非此限』と侍り((「と侍り」は底本「之侍」。諸本により訂正))。なにごとと申し知るや。なほ申すべし」云々。神主、そのむねを申さしむるあひだ、はたして中納言に任じをはんぬ。 かくのごときの、自業自得のたぐひは、まことに憐愍の及ぶところにあらざるべし。しかうして、大納言所望の時、本意をとげず、悪霊になり給ひにけり。 ===== 翻刻 ===== 七十七朝成卿検非違使別当ノ時、中納言ヲ所望ノ間、石 清水ニ詣テ、ワレ強盗百人ガ頸ヲ切ルモノナリ、其功労 ニヨリテ、今度ノ闕ニ拝任スヘキヨシ祈申ヘキ旨ヲ シメサレケレハ、神主云、吾神殺生ヲ禁断シ放生ヲ 宗トシマシマス、争カ此由ヲ可申哉ト云々朝成重云 殺生ヲ御禁断ノ宗御託宣ノ文明白也、但件託宣 ノスエニ、為国家臣悪者出来之時非此限之侍何 事ト申知哉猶可申云々、神主其宗ヲ令申間、ハタシ/k133 テ中納言任畢、如此ノ自業自得ノタクヒハ、誠ニ憐 愍ノ及トコロニ非ルヘシ、然而大納言所望ノ時本意ヲ トケス、悪霊ニ成給ニケリ、/k134