十訓抄 第十 才芸を庶幾すべき事 ====== 10の66 孟嘗君が楽しみに飽き満ちてもののあはれを知らざりけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 孟嘗君((田文))が楽しみに飽き満ちて、もののあはれを知らざりけり。 雍門((雍門周))といふ人、わりなく琴を弾く。聞く人、涙を落さずといふことなし。君((孟嘗君))がいはく、「雍門、よく琴を弾くとも、われはいかでか泣かむ」と言ひて弾かせけるに、まづ、世の中の無常を言ひつづけて、折にあへる調べをかき合せて、いまだその声終らざるに、涙を落しけり。 「豪士賦」序に、陸士衡が書ける   落葉俟微風以隕 風力蓋寡   孟嘗遭雍門而泣 琴曲已未 また、橘在列が出家ののち、「友に送る序代」に、   孟嘗君多楽、猶泣雍門之微琴 と書ける、これなり。 ===== 翻刻 ===== 六十九孟嘗君カタノシミニアキミチテ、物ノ哀ヲシラサリケ リ、雍門ト云人ワリナク琴ヲヒク、聞人涙ヲオトサス ト云事ナシ、君カ云ク、雍門能ク琴ヲヒクトモ、我ハ争 カナカムト云テ引セケルニ、先世中ノ無常ヲ云ツツケ テオリニアヘル調ヘヲカキ合テ、イマタソノ声オハラサ ルニ涙ヲオトシケリ、豪士賦序ニ陸士衡カ書ル 落葉俟微風以隕風力蓋寡 孟嘗遭雍門而泣琴曲已未 又橘在列カ出家ノ後、友ニオクル序代ニ孟嘗君多 楽、猶泣雍門之微琴ト書ル是也、/k112