十訓抄 第十 才芸を庶幾すべき事 ====== 10の51 神崎の君とねぐろ男にともなひて筑紫へ行きけるが海賊にあひて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 神崎の君、とねぐろ、男にともなひて、筑紫へ行きけるが、海賊にあひて、あまたところ、手負ひて死なんとしける時、   われら何しに老いぬらん   思へばいとこそあはれなれ   今は西方極楽の   弥陀の誓ひを念ずべし と、たびたび歌ひて、引き入りにけり。 その時、西方に楽の声聞こえて、あやしき雲たなびきけりとなん。心に染みにけるわざなれば、今様を歌ひて、往生をとげてけり。 解脱はなにを分かず。ただ心の引くかたにつきて、信をおこすによるべきにや。 ===== 翻刻 ===== 五十四神崎君トネクロ男ニトモナヒテ筑紫ヘ行ケルカ、海賊ニ/k89 アヒテ、アマタ所手オヒテシナントシケル時、 我等何シニオヒヌラン、思ヘバイトコソ哀ナレ、 今ハ西方極楽ノ、弥陀ノ誓ヲ念スヘシ ト、タヒタヒウタヒテヒキ入ニケリ、其時西方ニ楽ノ声聞 ヘテ、アヤシキ雲タナヒキケリトナン、心ニシミニケルワサナ レハ、今様ヲウタヒテ往生ヲトケテケリ、解脱ハナニヲ ワカス、只心ノヒクカタニ付テ信ヲヲコスニヨルヘキニヤ、/k90