十訓抄 第十 才芸を庶幾すべき事 ====== 10の43 和泉式部忍びて稲荷へ詣でけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 和泉式部、忍びて稲荷へ詣でけり。田中の明神の西のほどにて、時雨しけるに、「いかがすべき」と思ふに、田刈りける童の、襖(あを)といふものを乞ひて、着て参りけり。還向のほど、晴れにければ、この襖を取らせてけり。 さて、次の日、式部、はしの方を見出だして居たるに、大きやかなる童の、文を持ちてたたずみければ、「あれは何する者ぞ」と言へば、「この文を参らせ候はん」と言ひて、さし置きたるを見れば、   時雨する稲荷の山の紅葉(もみぢ)ばはあをかりしより思ひそめてき と書きたりけり。 式部、あはれと思ひて、この童に、「奥の方へ来(こ)」と言ひて、よび入れ((底本「よ入れ」。諸本により補う。))にけるとなん。 ===== 翻刻 ===== 四十六和泉式部忍ヒテ稲荷ヘ詣ケリ、田中ノ明神ノ西ノ程 ニテ時雨シケルニ、イカカスヘキト思ニ、田カリケル童ノ、アヲ ト云物ヲコヒテ、キテマイリケリ、還向ノ程ハレニケレ/k81 ハ、此アヲヲ取セテケリ、サテ次日式部ハシノ方ヲ見出シ テヰタルニ、大キヤカナル童ノ文ヲ持テタタスミケレハ、 アレハ何スルモノソトイヘハ、此文ヲマイラセ候ハント云テ、指 置タルヲミレハ、 シクレスル稲荷ノ山ノモミチハハ、アヲカリシヨリ思ソメテキ トカキタリケリ、式部アハレト思テ、此童ニ奥ノ方ヘコト 云テ、ヨ入ニケルトナン、/k82