十訓抄 第十 才芸を庶幾すべき事 ====== 10の28 天暦の御時延光卿蔵人頭にて御おぼえことにおはしけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 天暦の御時、延光卿((源延光))、蔵人頭にて、御おぼえ、ことにおはしけり。少しも御気色にたがふこともなくて、過ぎ給ひけるに、ある時、叡慮の心よからぬやうに見えければ、おそれをなして、入り籠られたるを、召しありければ、急ぎ参り給へるに、「年ごろはおろかならずたのみて過ぐしつるに、くちをしきことは、藤原雅材といふ学生の作りたる文の、いとほしみあるべかりけるを、奏せざりけるこそ、いとたのむかひなし」と仰せられければ、ことはり申すかぎりなし。 やがて蔵人たるへきよし、仰せ下されけるを、御倉((底本「小倉」。諸本により訂正。))の小舎人して触れつかはすに、家を尋ねかねて、通ふところを聞き出でて、告げたりける。 雅材、出仕すべきやうもなかりけるを、君、聞こしめして、内蔵司に仰せて、そのよそをひを賜はせける。 かれが書ける句は、「鶴鳴九皐序」なり。   望廻翔於蓬島 霞袂未逢   思控御於茅山 霜毛徒老 ===== 翻刻 ===== 廿七天暦ノ御時、延光卿蔵人頭ニテ御オホエコトニオハシケリ、 少モ御気色ニ違事モナクテ過給ケルニ、或時叡慮 ノ心ヨカラヌ様ニ見エケレハ、恐ヲナシテ入コモラレタルヲ、 召有ケレハ、イソキ参給ヘルニ、年来ハ愚カナラスタノミ/k67 テ過ツルニ、口惜事ハ藤原雅材ト云学生作タル文ノイ トヲシミアルヘカリケルヲ、奏セサリケルコソ、イト憑カヒナ シト被仰ケレハ、理申限ナシ、ヤカテ蔵人タルヘキ由仰下サ レケルヲ、小倉小舎人シテ触遣ハスニ、家ヲ尋カネテ通 所ヲ聞出テ告タリケル、雅材出仕スヘキヤウモ無リケル ヲ、君聞食テ内蔵司ニ仰テ、其ヨソヲヒヲ給ハセケル、彼 カ書ケル句ハ靏鳴九皐序也、 望廻翔於蓬島霞袂未逢思控御於茅山霜毛 徒老/k68