十訓抄 第十 才芸を庶幾すべき事 ====== 10の22 備中守政長が神拝に下りける時則高正資時資などいふ・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 備中守政長((源政長))が神拝に下りける時、則高((狛則高))・正資((多正資))・時資((多節資か))などいふ、時の舞の上手どもを、いざなひ下りたりけるに、吉備津宮の御前にて、則高、陵王を舞ひける時に、宝殿大きにゆすりひびきて、おびただしかりけり。 ここらに集まりたる者ども、驚き騒ぎけるを、正資・時資、おそろしながら思ひけるやう、「則高が舞、ことにかひありて、めでたし。たちまち宝殿ひびき給へる。いとかたじけなし。ただし、われら、今、落蹲を舞はんとす。もしこの時、しるしなくは、いみじき恥なるべし」と思ひて、宝殿に向ひて泣く泣く祈り申しけり。 陵王入りてのち、おのおの舞ひけるに、はじめよりまさりざまに宝殿ゆすり((底本「えすり」。諸本により訂正。))、いとどおそろしかりけり。 ===== 翻刻 ===== 廿一備中守政長カ神拝ニ下ケル時、則高正資時資ナ トイフ時ノ舞ノ上手共ヲイサナヒ下タリケルニ、吉備/k60 津宮ノ御前ニテ、則高陵王ヲ舞ケル時ニ、宝殿大ニ ユスリヒヒキテ、オヒタタシカリケリ、ココラニ集リタルモノト モ、驚キ騒キケルヲ、正資時資オソロシナカラ思ケル 様、則高カ舞殊ニカヒアリテ目出シ忽宝殿ヒヒキ給 ヘル、イト忝シ、但ワレラ今落蹲ヲ舞ハントス、若此時シル シナクハ、イミシキ恥ナルヘシト思テ、宝殿ニ向テ泣々祈申 ケリ、陵王入テ後各舞ケルニ、始ヨリマサリサマニ宝殿 エスリイトトオソロシカリケリ、/k61