十訓抄 第十 才芸を庶幾すべき事 ====== 10の12 中ごろなまめきたる女房世の中たえだえしかりけるが・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 中ごろ、なまめきたる女房、世の中たえだえしかりけるが、見目形(みめかた ち)よかりける女(むすめ)をなん持ちたりけるが、十七八なりければ、「これをいかにして、目安きさまにせん」と思ふかなしさに、八幡に姫君とともに泣く泣く参りて、よもすがら、御前にて、「身は今はいかにても候ひなん。この女を心安きさまにて見せ給へ」と数珠(ずず)をすりて、うち嘆ききうち嘆き申しけるに、この娘、参り着くより、母の膝を枕にして、起きも上がらず、寝たりければ、暁方になりて、母申すやう、「いかばかり思ひて、かなはぬ心に、徒歩(かち)より参りつるに、わが申すやうに、よもすがら、神も『あはれ』と思しめすばかり申し給ふべきに、思ふことなげに寝給へるうたてさよ」とくどかれて、姫君おどろきて、「かなはぬ道に苦しくて」と言ひて、   身の憂さをなかなか何といはしみづ思ふ心を汲みて知るらむ と詠みたりければ、母も恥づかしくて、ものも言はずして下向するに、七条朱雀のほとりにて、世の中にときめき給ふ殿上人、桂より遊びて帰り給ふが、この女を取りて、車に乗せて、やがて北の方にして、始終いみじかりけり。 ===== 翻刻 ===== 十一中比ナマメキタル女房、世中タエタエシカリケルカ、ミメカタ チヨカリケル女ヲナンモチタリケルカ、十七八ナリケレハ、/k47 是ヲイカニシテ目安キサマニセント思カナシサニ八幡ニ姫 君ト共ニナクナク参テ、終夜御前ニテ、身ハ今ハイカニテ モ候ナン、此女ヲ心安キサマニテミセ給ヘトススヲスリテ ウチナケキウチナケキ申ケルニ、此娘参リツクヨリ、母ノヒサヲ 枕ニシテ、オキモアカラスネタリケレハ、暁方ニ成テ、母申 ヤウ、イカハカリ思テカナハヌ心ニカチヨリ参ツルニ、我申 様ニ終夜神モ哀ト思食ハカリ申給ヘキニ、思事ナケ ニネ給ヘルウタテサヨトクトカレテ、姫君オトロキテ、カナ ハヌミチニクルシクテト云テ、 身ノウサヲ中々何トイハシミツ、思フ心ヲクミテシルラム/k48 トヨミタリケレハ、母モハツカシクテ、物モイハスシテ下向 スルニ、七条朱雀ノ辺ニテ、世中ニトキメキ給殿上人カ ツラヨリ遊テカヘリ給カ、此女ヲトリテ車ニノセテ、ヤカ テ北方ニシテ、始終イミシカリケリ、/k49