十訓抄 第十 才芸を庶幾すべき事 ====== 10の7 世の中に世心地おこりてのがるる人少なかりけるころ菅三位・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 世の中に世心地おこりて、のがるる人少なかりけるころ、菅三位((菅原文時))の家の前に、鎧(よろ)へるたぐひ数十騎、うつ立つて、入らんずる気色なるに、そのなかの主人と思しき人いはく、「隴山雲暗と書けるは、この家主ぞかし。いかでか、情けなかるべき」とて、うち過ぎぬと、人の夢に見えたりけり。 さて、その家の中には、あやしの下人にいたるまで、つつがなかりけり。 かの句は、清慎公((藤原実頼))の、大将を辞し給ひける時の表の文なり。   隴山雲暗 李将軍之在家   潁水浪閑 蔡征虜之未任 ===== 翻刻 ===== 七世中ニヨ心チヲコリテ遁人少ナカリケル比、菅三位家ノ 前ニヨロヘルタクヒ数十騎ウツ立テ、イランスル気色ナル ニ、其中ノ主人トオホシキ人云、隴山雲暗トカケルハ此家 主ソカシ、争カナサケナカルヘキトテ打過ヌト、人ノ夢ニ 見エタリケリ、サテ其家中ニハアヤシノ下人ニ至マテ、ツツ/k43 カナカリケリ、彼句ハ清慎公ノ大将ヲ辞給ケル時ノ表 ノ文ナリ、 隴山雲暗李将軍之在家 潁水浪閑蔡征虜之未任/k44