十訓抄 第九 懇望を停むべき事 ====== 9の6 橘正通が身の沈めることを恨みて異国へ思ひ立ちける折節・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 橘正通が身の沈めることを恨みて、異国へ思ひ立ちける折節、具平親王家の作文の序者たりけるに、これを限りとや思ひけん、   齢亜顔駟 過三代而猶沈   恨同伯鸞 歌五噫而将去 とぞ書きける。 源為憲、その座に候ひけるが、この句をあやしみて、「正通、思ふ心ありて、つかまつれり」と申しければ、さすが心細くや思ひけん、涙を流しけり。さて、まかり出づるままに、高麗へぞ行きける。 世を思ひ切らんには、かくこそ心清からめと、いみじくあはれなり。「かしこにて、宰相になされにけり」と、後に聞こえけり。 ===== 翻刻 ===== 九橘正通カ身ノ沈メル事ヲ恨ミテ、異国ヘ思立ケル折 節、具平親王家ノ作文ノ序者タリケルニ、是ヲカキ リトヤ思ケン、 齢亜顔駟過三代而猶沈 恨同伯鸞哥五噫而将去/k29 トソカケル、源為憲其座ニ候ケルカ、此句ヲアヤシミテ、正 通思心有テ仕ツレリト申ケレハ、サスカ心細クヤ思ケン 涙ヲ流シケリ、サテ罷出ルママニ、高麗ヘソ行ケル、世ヲ思 切ランニハ、カクコソ心キヨカラメト、イミシク哀也、彼コニテ 宰相ニナサレニケリト後ニキコエケリ、/k30