十訓抄 第九 懇望を停むべき事 ====== 9の3 一条摂政納言に任じ給ふ時朝成同じく望み申しけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 一条摂政((藤原伊尹))、納言に任じ給ふ時、朝成((藤原朝成))、同じく望み申しけり。そのあひだ。すこぶる放言申しけり。 摂政ののち、朝成、大納言を望み申して、かの殿へまうでけり。やや久しくありて面謁し給ふ。朝成、大納言になるべき理運を申されけるに、摂政のたまはく、「世間はかりがたし。往時のころほひ、納言望み申す時、放言ありといへども、貴閣の昇進、わが心に任せたり」とばかりのたまひて、入り給ひにけり。 朝成、大きに怒りて、門を出でて、車に乗るとて、まづ笏を車に投げ入れければ、割れて二つになりにけり。生霊になりて、摂政、つひに失せ給ひぬ。一条摂政の子孫、朝成の霊宅に入らざりけり。三条東洞院とぞ。 かくまで、恨み深かりける罪業の因、よしなく((底本「よしなり」。諸本により訂正。))こそ。 顕光左大臣((藤原顕光))は、小一条院((敦明親王))の女御争ひによりて、御堂関白((藤原道長))を恨み奉りて、悪霊となりて、一夜のうちに、ことごとく白髪になり給ひたりけむこそ、いと恐しけれ。 かの凌雲の、たちまちに雪をけづる頭に変じけむは、恨みにはあらざりけり。 ===== 翻刻 ===== 三一条摂政納言ニ任給時、朝成同ク望申ケリ、其間頗/k22 放言申ケリ、摂政ノ後朝成大納言ヲ望申テ、彼殿ヘ マウテケリ、良久クアリテ面謁シ給、朝成大納言ニナルヘキ 理運ヲ申サレケルニ、摂政ノ給ハク、世間計カタシ、往時ノ 比ヒ納言望申時、放言有ト云トモ、貴閣昇進我心ニ任タ リトハカリノ給テ入給ニケリ、朝成大ニイカリテ門ヲ出 テ車ニ乗トテ、先笏ヲ車ニナケ入ケレハ、破テ二ニ成ニケ リ、生霊ニ成テ、摂政ツヰニ失給ヌ、一条摂政ノ子孫朝 成ノ霊宅ニ入サリケリ、三条東洞院トソカクマテ恨フカカ リケル、罪業ノ因ヨシナリコソ 四顕光左大臣ハ小一条院ノ女御アラソヒニ依テ御堂関白/k23 ヲ恨奉テ、悪霊ト成テ、一夜内ニ悉ク白髪ニ成給タリ ケムコソイトオソロシケレ、彼凌雲ノ忽ニ雪ヲケツル頭 ニ変シケムハ、恨ニハアラサリケリ、/k24