十訓抄 第八 諸事を堪忍すべき事 ====== 8の8 業平中将の、高安へ通ひけるころ・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 業平中将の、高安へ通ひけるころ、いささかつらげなる気色もなくて、男の心のごとくに出だしたててやりけるが、なほ行く末やおぼつかなかりけん、夜更くるまで待ち居て、箏をかきならして、   風吹けは沖つ白波たつた山、夜半(よは)にや君がひとりゆくらむ とながめける、優にやさしきためしなり。 男、前栽の中に隠れて、このことをうかがひ見つつ、外心失せにけりとなん。 女人をば、仏も、「内心如夜叉」と仰せられたれば、いかでか、その心なくてしもあらん。されども、かやうに忍び過ぐせるは、まことにいみじく思ゆかし。 ===== 翻刻 ===== 業平中将ノタカヤスヘ通ヒケル比、聊ツラケナル気色 モナクテ、男ノ心ノ如クニ出シタテテヤリケルカ、猶ユク スヱヤオホツカナカリケン、夜フクルマテマチヰテ、箏 ヲカキナラシテ、 風吹ハオキツシラナミタツタ山、夜半ニヤ君ガ一人行クラム トナカメケル、優ニヤサシキタメシナリ、男前栽ノ中ニカ クレテ、此ノ事ヲウカカヒミツツ外心失ニケリトナン、女人 ヲハ仏モ内心如夜叉ト仰ラレタレハ、争カソノ心ナク/k14 テシモアラン、サレトモ加様ニ忍スクセルハ、実ニイミシクオ ホユカシ、/k15