十訓抄 第八 諸事を堪忍すべき事 ====== 8の6 亭子院に御息所あまた御曹司して住み給ふに・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 亭子院((宇多法皇の御所))に、御息所あまた御曹司(ざうし)して住み給ふに、河原院を見所あるさまに、いとめでたく造らせ給ひて、京極御息所((藤原褒子))ひとところをのみ具し奉りて、渡らせ給ひけり。 春のことなるに、とまらせ給ふ御曹司ども、いと思ひのほかに、さうざうしきこと思しけり。殿上人など参りて、「藤の花いとおもしろきを、これ盛りをだに御覧ぜざらむ」など言ひて見歩(あり)くに、文をなん結ひ付けたりける。開けて見れば、   世の中の浅き瀬にのみなりゆけば昨日の藤の花とこそ見れ と書かれたる。かぎりなくあはれなりけれど、たが御曹司((底本「御みさうし」。「み」の衍字とみて削除。))のし給へるとも、え知らざりけり。 これも、御心の内どもは、さこそありけめなれども、かやうにもてしづめたるは、優にいみじくこそ思ゆれ。 唐に呂后と聞こえ給ふ后(きさき)は、戚夫人といひけるうはなりを捕へて、いひ知らぬうたてきありさまに、しなされにけるなど聞こゆれば、まして次々の人の振舞ひは理(ことはり)といひつべし。 ===== 翻刻 ===== 六亭子院ニ御息所アマタ御サウシシテ住給ニ、河原院 ヲミトコロアルサマニ、イトメテタクツクラセ給テ、京 極御息所ヒトトコロヲノミ具シ奉テワタラセ給ケリ、 春ノ事ナルニトマラセ給御サウシトモ、イト思ノ他ニサ ウサウシキ事オホシケリ、殿上人ナト参テ、藤ノ花イ トオモシロキヲ、コレサカリヲタニ御覧セサラムナト云 テ見アリクニ、文ヲナン結ヒ付タリケル、アケテミレハ、 世中ノアサキセニノミナリユケハ、キノフノフチノ花トコソミレ トカカレタル、限ナク哀ナリケレト、タカ御ミサウシノシ給/k12 ヘルトモヱシラサリケリ、是モ御心ノウチトモハ、サコソア リケメナレトモ、カヤウニモテシツメタルハ、優ニイミシク コソオホユレ、唐ニ呂后トキコエ給后ハ、戚夫人ト云ケル ウハナリヲトラヘテ、イヒシラヌウタテキ有サマニシナサ レニケルナトキコユレハ、マシテ次々ノ人ノ振舞ハ理ト云 ツヘシ、/k13