十訓抄 第八 諸事を堪忍すべき事 ====== 8の5 斎宮の女御長岡といふところに住み給ひて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 斎宮の女御((徽子女王))、長岡といふところに住み給ひて、久しく参らせ給はざりけるころ、ことのついでありて、内((村上天皇))より、   時しもあれいなばの風に波寄れる期(ご)にさへ人のうらむべしやは 御返事、   いかでかはいなばもそよといはざらむ、秋のみやこのほかに住む身は これは、わが身、后(きさき)にあらねば、もの妬みもなどかせざらんの心地にや。后をば秋宮と申す。また、稲葉(いなば)をいなごといふ虫に思ひ寄せられたり。上に申したる本文(([[s-jikkinsho08-04|前話]]に引いた毛詩の本文。))の心なり。 この歌をば、「后を望ませ給ふ気色あり」と、世の人、申しければ、わけて、かの御集には除かれにけるとぞ。 これらは、まことのもの妬みにはあらず。あらましの御色なりけり。 ===== 翻刻 ===== 五斎宮ノ女御長岡ト云所ニ住給テ、久クマイラセ給ハサリ ケル比、事ノ次アリテ、内ヨリ、 トキシモアレイナハノ風ニナミヨレル、期ニサヘ人ノウラムヘシヤハ、 御返事 イカテカハイナハモソヨトイハサラム、秋ノミヤコノホカニスム身ハ、 是ハ我身后ニアラネハ、物ネタミモナトカセサランノ心地 ニヤ、后ヲハ秋宮ト申、亦イナハヲイナコト云虫ニ思ヨ セラレタリ、上ニ申タル本文ノ心也、此哥ヲハ后ヲノソ マセ給気色アリト世人申ケレハ、ワケテ彼御集ニハノ ソカレニケルトソ、此等ハ実ノ物ネタミニハアラス、アラマ/k11 シノ御色ナリケリ、/k12