十訓抄 第八 諸事を堪忍すべき事 ====== 8の3 高陽院の姫君と申すは鳥羽院の御娘美福門院の御腹なり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 高陽院((藤原泰子))の姫君((叡子内親王))と申すは、鳥羽院((鳥羽天皇))の御娘、美福門院((藤原得子))の御腹なり。この宮の御とり子にて、その御先を頼み給ひけるに、はかなく隠れさせ給ひける。宮の内の御歎きは、たとへんかたなかりけり。 御わざの夜、人々、参り集りたりけるに、御簾の内に、いあささかも人の泣く気色、聞こえざりけり。隆季大納言((藤原隆季。底本「隆秀」と誤るのを訂正。))、いまだ殿上人の時、参られたりけるが、ことに感じ申して、「いみじきことかな」と言はれけり。 ものを歎くも、悦ぶも、気色にもてあまるは、けしからぬよりあるわざなり。高陽院の御さまは、あまりに男遠くて、男女ならび居たる絵描ける扇をば、捨てられなど、かへりて世つかぬさまにあざけれども、深く昔びたらむかたは、いみじきためしと申すべし。 ===== 翻刻 ===== 三高陽院ノ姫君ト申ハ、鳥羽院ノ御ムスメ美福門院ノ 御腹也、此宮ノ御トリコニテ其ノ御先ヲタノミ給ケルニハカ ナク隠レサセ給ケル宮ノ内ノ御歎ハ喩ヘン方ナカリ ケリ、御ワサノ夜人々参集タリケルニ、御簾ノ内ニ聊モ 人ノナクケシキ聞ヱサリケリ、隆秀大納言イマタ殿/k7 上人ノ時、参ラレタリケルカ、殊ニ感申テ、イミシキ事 カナト云レケリ、物ヲ歎モ悦モ気色ニモテアマルハ、ケ シカラヌヨリアルワサ也、高陽院ノ御様ハ、アマリニ男 トヲクテ、男女ナラヒヰタル絵カケル扇ヲハステラレ ナト、カヘリテヨツカヌサマニアサケレトモ、フカク昔ヒ タラム方ハ、イミシキタメシト申ヘシ、/k8