十訓抄 第七 思慮を専らにすべき事 ====== 7の29 二条三位経盛の家に梅花めでたく咲きたりけるころ源三位頼政・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 二条三位経盛((平経盛))の家に、梅花めでたく咲きたりけるころ、源三位頼政((源頼政))、「御前を通る」とて、車をとどめて、「思ひのほかに参りてこそ侍れ」と言ひ入れたりけるを、言ひ継ぎの侍、「源三位殿の申せと候ふ。『思はざるほかに参りて侍り』」と聞こへければ、心得ず思はれ((底本「思はん」。諸本により訂正。))ながら、対面して、さるほどにて帰られ((底本「帰云れ」。諸本により訂正。))けり、のちに、ことのついでに、このこと語り出でて、かたみにをかしきことにはいはれけり。 この侍、「君が来ませる((「我が宿の梅の立ち枝や見えつらん思ひのほかに君が来ませる」(拾遺集春 平兼盛)))」といふ古歌を知らざりけるにや。心得ぬものは、まねびには必ず失錯の出で来るなり。 宇治殿((藤原頼通))、葉二(はふたつ)といふ笛を、伝へ持たれたりと聞こしめして、内より 、ある蔵人して、かの笛を召されけるに、御使ひは、御はふたつ召しある由ばかりを申して、「笛」といふことを申さざりければ、「老後に歯二つ召され候ふこと、術なき」由、御返事に奏せられたりけるも、一つの不思議か。 ===== 翻刻 ===== 卅三二条三位経盛ノ家ニ梅花目出サキタリケル比、源 三位頼政御前ヲ通トテ、車ヲトトメテ、思ノ外ニ参 テコソ侍ト云入タリケルヲ、云ツキノ侍源三位殿 ノ申ト候、思ハサル外ニ参テ侍ト聞ヘケレハ、心得ス思 ハンナカラ対面シテ、サルホトニテ帰云レケリ、後ニ事 ノ次ニ此事語出テ、カタミニオカシキ事ニハ云レケリ、此侍 君カキマセルト云古哥ヲ不知ケルニヤ、心得ヌモノハ、マ/k170 ネヒニハ必失錯ノ出クル也 宇治殿葉二ト云笛ヲ伝ヘモタレタリト聞食テ、内ヨリ アル蔵人シテ彼笛ヲメサレケルニ、御使ハ御葉二ツメ シアル由斗ヲ申テ、笛ト云事ヲ申ササリケレハ、老後 ニ歯二メサレ候事、術ナキ由御返事ニ奏セラレタリ ケルモ、一不思儀歟、/k171