十訓抄 第七 思慮を専らにすべき事 ====== 7の19 あるところに当座の和歌会しけるに落葉を詠みけり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== あるところに、当座の和歌会しけるに、「落葉」を詠みけり。左衛門佐基俊朝臣((藤原基俊))、片方に寄りて、沈思のあひだ、感気に染みて、   めざましきまで散る紅葉かな と高声に詠じけり。 顕仲入道((藤原顕仲))、これを聞きて、かたつらに馬助といふ者あるが、和歌作成の由、歎きけるに、「早くこの句を取りて、元句を案ずべし」と教へければ、元をかまへて、これを出だす。 披講の時、下臈にて、まづこの歌を読み上ぐるあひだ、金吾((衛門府の唐名。藤原基俊のこと。))、おほいに興さむる気あり。入道、ひそかに笑ふ。そののち、金吾の歌、講ずるを聞きて、「馬助こそ参り寄られけれ」と言はれければ、いよいよ不請の気ありけり。 もつとも用意あるべきにや。 匡衡((大江匡衡))・斉名((紀斉名))、作文の座にて、   晩寺鐘声渡水来 の一句を作り合はせたりけるも、この体のこととぞ。 ただし、かやうのこと、わがため、うしろめたからむ人などに、必ず言ひ合はすべし、と思ゆるかたもあり。 ===== 翻刻 ===== 二十或所ニ当座和哥会シケルニ、落葉ヲヨミケリ、左衛門佐 基俊朝臣片方ニヨリテ沈思ノ間、感気ニソミテ/k139 メサマシキマテ散紅葉カナト高声ニ詠シケリ、顕 仲入道是ヲ聞テカタツラニ馬助ト云物アルカ、和哥 作成ノ由歎ケルニ、早ク此句ヲ取テ、元句ヲ案スヘシト 教ヘケレハ、元ヲカマヘテ此ヲイタス、披講ノ時下臈ニ テ先此哥ヲヨミアクル間、金吾大ニ興サムル気アリ、入 道ヒソカニワラフ、其後金吾ノ哥講スルヲ聞テ、馬 助コソマイリヨラレケレトイハレケレハ、弥不請ノ気アリ ケリ、尤用意アルヘキニヤ、 廿一匡衡斉名作文座ニテ晩寺鐘声渡水来之一句 ヲ作アハセタリケルモ此体ノ事トソ、但カヤウノ事我 タメウシロメタカラム人ナトニ、必云アハスヘシト覚ルカタ/k140 モアリ、/k141