十訓抄 第七 思慮を専らにすべき事 ====== 7の16 信濃国はきはめて風はやきところなり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 「信濃国はきはめて風はやきところなり。これによりて、諏方明神の社に風の祝(はふり)といふものを置きて、深く籠め据ゑて、いはひ置きて、百日の間、尊重することなり。しかれば、その年、風静かにて、農業のためにめでたし。おのづから、隙間もあり、日の光も見せつれば、風おさまらすして悪し」といふことを、能登大夫資基((藤原資基))といふ人聞きて、「かくのごとく承る。これを歌に詠まんと思ふ」と、俊頼((源俊頼))に語りければ、俊頼、答へていはく、「無下に俗に近し。かやうのこと、さらに思よるへからず。不便、不便」と言ひければ、その旨を存ずる所に、俊頼、のちにこのことを詠みける、   信濃なる木曽路の桜咲きにけり風のはふりにすきまあらすな もっとも腹黒((底本「腹迷」。諸本により訂正。))きことか。五品((藤原資基))、後悔しけり。 ===== 翻刻 ===== 十七信濃国ハ極テ風ハヤキ所也、是ニヨリテ諏方明神 ノ社ニ風祝ト云モノヲ置テ、深クコメスヘテイハヒヲキ テ、百日ノ間尊重スル事也、シカレハ其年風静ニテ、農 業ノタメニ目出シ、自ラスキマモアリ、日ノ光モミセツレハ、 風オサマラスシテアシト云コトヲ、能登太夫資基ト 云人聞テ、如此承ル是ヲ哥ニヨマント思フト俊頼 ニカタリケレハ、俊頼答テ云、無下ニ俗ニ近シ、カヤウ/k135 ノコト更ニ思ヨルヘカラス、不便不便ト云ケレハ、其旨ヲ 存スル所ニ、俊頼後ニ此事ヲヨミケル、 信濃ナル木曽路ノ桜咲ニケリ、風ノハフリニスキ マアラスナ、 尤腹迷事歟、五品後悔シケリ、/k136