十訓抄 第六 忠直を存ずべき事 ====== 6の26 土佐国胤間寺といふ山寺あり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 土佐国、胤間寺といふ山寺あり。くだんの寺の住僧を、当国の在庁、あひ語らひていはく、「われ((「われ」は底本「家」。諸本により訂正。))大般若経書写の大願あり。なんぢ、助成、結縁すべし。用途は沙汰し与ふべし。傍輩どもに語らひて書くべし」と契りて、年経けり。 その後、全く用途を沙汰するに及ばず。しかれども、この僧、善縁のしからしむことを喜びて、自力を励まして、漸々にその功を終へけり。よって、くだんの在庁に、「かの御経こそ、出で来てましませ。用途は後々にも給ふべし。あつらへ書かせたる輩、多く侍り。今におきては、まづ供養を遂ぐべし」と言ひければ、願主、喜びて供養をのぶる時、にはかに辻風出で来て、かの経を巻きて、ことごとく虚空へ吹き上げて、聴聞に来たり集まる道俗、あやしみをなすところに、しばらくありて、経巻、みな白紙となりて落つ。 ただ、大文字の四句の偈ばかり、この紙に顕現せり。その文にいはく、   檀那不信故 料紙還本土   経師有信故 文字留霊山 ===== 翻刻 ===== 廿九土佐国胤間寺ト云山寺アリ、件寺住僧ヲ当国ノ 在庁相語テ云、家大般若経書写ノ大願アリ、汝助 成結縁スヘシ、用途ハサタシ与フヘシ、傍輩共ニ語 テ書ヘシト契テ年経ケリ、其後全用途ヲ沙汰スル ニ不及、然トモ此僧善縁ノ令然事ヲ喜テ、自力ヲ励 シテ漸々ニ其功ヲ終ケリ、仍件ノ在庁彼御経コ/k80 ソ出来テマシマセ、用途ハ後々ニモ給ヘシ、誂ヘ書セタ ル輩多ク侍リ、今ニヲキテハ先供養ヲ遂ヘシト 云ケレハ、願主喜テ供養ヲノフル時、俄辻風出来 テ彼経ヲ巻テ悉虚空ヘ吹上テ、聴聞ニ来リ集ル 道俗、怪ヲナス所ニ、暫アリテ経巻皆白紙ト成 テオツ、只大文字ノ四句ノ偈ハカリ此紙ニ顕現セリ、 其文云、 檀那不信故、料紙還本土、経師有信故、文字留霊山/k81