十訓抄 第六 忠直を存ずべき事 ====== 6の21 また夫婦の仲をば忠臣の道に喩へたり・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== また、夫婦の仲をば忠臣の道にたとへたり。女はよく男に志をいたすべし。されば、賢女はたがひにそなへる日、つつしみ従ふのみにあらず、亡きあとまでも、貞女峡の月を眺め、長く燕子楼の内にとぢこもるたぐひ、あまた聞こゆ。 また、この世一つならず、同じ道にともなふたぐひ多し。 唐土(もろこし)に馬元正が妻尹氏、男亡くなりてのち、心ならず玄盛といふ者にとられたり。しかれども、歎きのあまり、三年までもの言はざりしかば、今の男、あはれみて返し送りけり。 隠由((正しくは隠瑜。))が妻、同じく男におくれければ、親のいさめをも聞き入れず、今さら人に見むことを心憂しと思ひて、自身をかたはになしつつ、「われ死なば、隠由が墓のかたはらに埋め」とぞ言ひける。 しかのみならず、虞舜の帝の后妃、皇英((蛾皇・女英))二人ながら湘水の底におぼれ、石季倫が妓女、緑珠はたちまちに高楼のもとに身を投げき。 ===== 翻刻 ===== 信ノ五常ヲ不乱ラ徳トスヘシ、又夫媍ノ中ヲハ忠/k70 臣ノ道ニ喩タリ、女ハ能ク男ニ志ヲイタスヘシ、サレ ハ賢女ハ互ニソナヘル日ツツシミシタカフノミニア ラス、無跡マテモ貞女峽ノ月ヲナカメ、ナカク鷰 子楼ノ内ニトチコモルタクヒアマタ聞ユ、又此世一 ナラス同シ道ニトモナフタクヒオホシ、 廿五モロコシニ馬元正カ妻尹氏男ナクナリテ後、心ナ ラス玄盛ト云モノニトラレタリ、然トモ歎ノアマリ、三 トセマテ物イハサリシカハ、今ノ男アハレミテ返ヲク リケリ、隠由カ妻同ク男ニヲクレケレハ、オヤノイサ メヲモ聞入ス、今更人ニ見ム事ヲ心ウシト思テ、自 身ヲカタハニナシツツ、我死ナハ隠由カ墓ノカタハラニ/k71 埋トソ云ケル、加之虞舜帝后妃皇英二人ナカ ラ湘水ノ底ニオホレ、石季倫妓女緑珠ハ忽ニ 高楼ノモトニ身ヲナケキ、/k72