十訓抄 第六 忠直を存ずべき事 ====== 6の1 楚の襄王晋の国を討たんとす孫叔敖これをいさめ申していはく・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 楚の襄王、晋の国を討たんとす。孫叔敖、これをいさめ申していはく、「園の楡(にれ)の上に、蝉、露を飲まむとす。後ろに蟷螂の犯さんとするを知らず。蟷螂、また蝉をのみまもりて、後ろに黄雀の犯さんとするを知らず。黄雀、また蟷螂をのみまもりて、楡のもとに弓を引きて童子の犯さんとするを知らず。童子、また黄雀をのみまもりて、前に深き谷、しりへに掘株のあることを知らずして、身をあやまてり。これみな、前利をのみ思ひて、後害をかへりみざるゆゑなり」と申せり。王、この時、悟りを開きて、晋を攻むといふこと、とどまり給ひぬ。 ただし、周の文王、殷の紂((紂王))を討たんが為に、義兵を挙げて、かの国へ向ひ給ふ時、孤竹の二子((伯夷・叔斉のこと))、三つの理を立てていさめをなすといへども、呂望((呂尚。太公望とも。))がはからひにつきて、とどまり給はざりき。 これは、紂の心、おごれるによりて、国、これを背くあひだ、天授人与の時なれば、後害の限りにあらざさるなり。 ===== 翻刻 ===== 一楚ノ襄王晋ノ国ヲウタントス、孫叔敖是ヲ 諫申云、園ノ楡ノ上ニ蝉露ヲ飲トス、後シロニ蟷螂 ノヲカサントスルヲ不知、蟷螂又蝉ヲノミ守テ、 後ニ黄雀ノ犯トスルヲ不知、黄雀又蟷螂ヲノ ミ守テ、楡ノ本ニ弓ヲ引テ童子ノ犯トスル ヲ不知、童子又黄雀ヲノミ守テ、前ニ深谷 後ヘニ掘株ノアル事ヲ不知シテ、身ヲアヤ マテリ、此皆前利ヲノミ思テ、後害ヲ不/k32 顧故也ト申セリ、王此時サトリヲ開テ、晋ヲ 責ト云事留給ヌ、但周ノ文王殷ノ紂ヲ打 ンカ為ニ義兵ヲアケテ、彼国ヘ向給時孤竹 ノ二子三ノ理ヲ立テ諫ヲナストイヘトモ、呂望カ ハカラヒニ付テトトマリ玉ハサリキ、コレハ紂ノ心 オコレルニヨリテ、国コレヲソムク間、天授人与ノ 時ナレハ、後害ノ限ニアラサル也、/k33