十訓抄 第四 人の上を誡むべき事 ====== 4の6 中納言通俊の子に世尊寺阿闍梨仁俊とて顕密知法にて・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 中納言通俊((藤原通俊))の子に、世尊寺阿闍梨仁俊とて、顕密知法にて、貴き人おはしけるを、鳥羽院に候ひける女房、「仁俊は女心ある者の、空聖立つる」と申しけるを、かへり聞きて、「くちをし」と思ひければ、北野((北野天満宮))に参籠して、「このの恥をすすぎ給へ」と祈請して、   あはれとも神々ならば思ふらん人こそ人の道は断つとも と詠みければ、その女房、赤袴ばかりを腰に巻きて、手に錫杖を持ちて、「仁俊に虚言(そらごと)言ひ付けたる報ひよ」と言ひて、院の御所に参りて、舞ひ狂ひけり。 「あさまし」と思しめして、北野より仁俊を召して、見せられければ、神恩のあらたなるを感じて、涙を流して、一たび慈救呪を満て給ひければ、女房、本心になりにけり。 いみじく思しめして、薄墨(うすずみ)といふ御馬ぞ賜(た)びたりける。 ===== 翻刻 ===== 中納言通俊子ニ世尊寺阿闍梨仁俊トテ、顕蜜知 法ニテ貴キ人オハシケルヲ、鳥羽院ニ候ケル女房仁俊 ハ女心アル者ノ空聖立ルト申ケルヲ、カヘリ聞テ、口 惜ト思ケレハ、北野ニ参籠シテ、此ノ恥ヲススキ給ヘト 祈請シテ、/k156 アハレトモ神々ナラハ思フラン、人コソ人ノミチハタツトモ トヨミケレハ、其女房赤袴ハカリヲ腰ニ巻テ、手ニ錫 杖ヲ持テ、仁俊ニ空事云付タル報ヒヨト云テ、院御 所ニ参テ舞クルヒケリ、浅マシト思召シテ、北野ヨリ仁 俊ヲ召テ見セラレケレハ、神恩ノアラタナルヲ感シテ 涙ヲ流シテ、一タヒ慈救呪ヲ満給ケレハ、女房本心ニ 成ニケリ、イミシク思召テ、ウススミト云御馬ソタヒタ リケル、/k157