十訓抄 第四 人の上を誡むべき事 ====== 4の4 右中弁惟家といふ人ありけり賀茂社より申すこと事ありけるを・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 右中弁惟家((藤原伊家か?))といふ人ありけり。賀茂社より申すこと事ありけるを、この人に告げたりければ、「世の末には、神も仏も欲の深くおはしますぞとよ」と言ひて、執り申すことなかりけるに、ある女房の、賀茂社に通夜したりける夢に、武者の姿したる者を召して、「惟家の弁、ただ今召して参れ」と仰せごとあるを、承りて出でぬと思ふほどに、ほどなく帰り参りて、「大般若経を読み奉り候ふ時に、入るべき道の候はぬ」と申しければ、「戌亥の角に穢(きた)なき僧のある所より入れ」と仰せごとあると見て、「不思議」と思ひて、暁、下向しけるに、京ざまにて、人々、「右中弁殿、にはかに今夜失せ給ひたる」とて騒ぎける。いと浅ましかりけり。 さとしもありて、大般若読ませ、物忌みなどしけるとなむ((底本「なむむ」。衍字とみて削除。))。 ===== 翻刻 ===== 右中弁惟家ト云人有ケリ、賀茂社ヨリ申事有ケ ルヲ、此人ニツケタリケレハ、世ノ末ニハ神モ仏モ欲ノ 深クオハシマスソトヨト云テ、執申事ナカリケルニ、或女 房ノ賀茂社ニ通夜シタリケル夢ニ、武者ノ姿シタ ル者ヲ召テ、惟家ノ辧只今召テマイレト仰事ア ルヲ承テ出ヌト思程ニ、ホトナク帰参テ、大般若経/k154 ヲ読奉候時ニ入ヘキ道ノ候ハヌト申ケレハ、戌亥角ニ キタナキ僧ノ有所ヨリ入レト仰事アルト見テ不思 議ト思テ暁下向シケルニ、京サマニテ人々右中弁殿俄 ニ今夜失給タルトテサハキケル、イト浅マシカリケリ、 サトシモ有テ大般若ヨマセ、物忌ナトシケルトナム ム、/k155