十訓抄 第三 人倫を侮らざる事 ====== 3の15 書写の性空聖人生身の普賢を見奉るべきよし・・・ ====== ===== 校訂本文 ===== 書写((書写山))の性空聖人、生身の普賢を見奉るべきよし、寤寐(ごび)に祈請し給ひけるに、ある夜、転経に疲れて、経を握りながら、脇息((底本「腋足」))に寄りかかりて、しばしまどろみたる夢に、生身の普賢を見奉らむと思はば、神崎の遊女の長者を見るべき由見て、夢さめて、奇異の思ひをなして、かしこへ行き向ひて、長者が家におはし着きたれば、ただ今京より上日の輩下りて、遊宴乱舞のほどなり。 長者、よこじきに居て、鼓を打ちて、乱拍子の次第をとる。その詞にいはく、   周防室積(むろづみ)の中なる御手洗(みたらひ)に   風は吹かねども   ささら浪立つ と。上人、閑所に居て、信仰恭敬して、横目もつかはず、まもり居給へり。 この時に、たちまちに普賢菩薩の形にじ、六牙の白象に乗りて、眉間の光を放ちて、道俗・貴賤・男女を照らす。すなはち微妙の音声を出だして、   実相無漏の大海に   五塵六欲の風は吹ねとも   随縁真如の波の立たぬ時なし と。 感涙おさへがたくして、眼を開きて見れば、またもとのごとく女人の姿となりて、「周防室積」の詞を出だす。眼を閉づるときは、また菩薩の形と現じて、法門を演(の)べ給ふ。 かくのごとく、たびたび敬礼して、泣く泣く帰り給ふ時、長者、にはかに座を立ちて、閑道より上人のもとへ来りて、「このこと口外に及ぶべからず」と言ひて、すなはちにはかに死す。異音空に満ちて、はなはだ香ばし。長者の頓滅のあひだ、遊宴興さめて、悲涙することかぎりなし。上人、ますます悲涙におぼれて、帰洛にまどひけりとなむ。 かの長者、女人好色のたぐひなれば、誰(たれ)かこれを権者の化作とは知らむ。仏菩薩の悲願、衆生化度の方便によりて、形をさまざまに分けて示めし給ふ道までも、賤にはよらざること、かやうのためしにて心得べし。 「この聖人は無知の人なり。法文言ひて聞かせむ」とて、恵心((源信))・檀那の僧都((覚運))などおはしまして、「住果の縁覚は仏所へは至るか」と問はれけるを、「至るも至らぬも、いかでも侍りなむ。無益(むやく)なり」と言はれければ、「法門を沙汰してこそ、恵眼は開くことにて侍れ。かやうの田舎には候はじとて、参り侍るなり」と言はれければ、聖人、「かやうの法門は、普賢のおはしまして、解説せしめ給ふなり」と答ふる時に、恵心、帰敬の思ひにたへず、礼拝して、檀那に、「この聖、ほめ申させ給へ」と申されければ、   身色如金山   端厳其微妙   如浄瑠璃中   内現真金像 と、伽陀を誦して拝まれけり。 ===== 翻刻 ===== 書写山性空聖人生身ノ普賢ヲ見奉ヘキヨシ寤/k131 寐ニ祈請シ給ケルニ、或夜転経ニ疲テ経ヲニキ リナカラ、腋足ニヨリカカリテ、シハシマトロミタル夢ニ、生 身ノ普賢ヲ見奉ラムト思ハハ、神崎ノ遊女ノ長 者ヲ見ヘキ由ミテ夢サメテ奇異ノ思ヲ成テ、彼 コヘ行向テ長者カ家ニオハシ着タレハ、只今京ヨリ 上日ノ輩下テ遊宴乱舞ノ程也、長者ヨコシキニ 居テ鼓ヲ打テ、乱拍子ノ次第ヲトル、其詞ニ云 周防ムロツミノ中ナルミタラヰニ、風ハ吹ネトモササラ浪タツト、 上人閑所ニ居テ、信仰恭敬シテ、ヨコメモツカハス守 ヰ給ヘリ、此時ニ忽ニ普賢菩薩ノ形ニ現シ、六牙ノ/k132 白象ニ乗テ、眉間ノ光ヲ放テ、道俗貴賤男女ヲ 照ス、即微妙ノ音声ヲ出テ、実相無漏ノ大海ニ 五塵六欲ノ風ハ吹ネトモ、随縁真如ノ波ノタタヌ 時ナシト感涙ヲサヘカタクシテ、眼ヲ開テ見レハ、又 本ノコトク女人ノ姿ト成テ、周防ムロツミノ詞ヲ出 ス、眼ヲ閉トキハ又菩薩ノ形ト現テ法門ヲ演 給フ、如此度々敬礼シテ、ナクナク帰給時、長者俄ニ 座ヲ立テ、閑道ヨリ上人ノモトヘ来テ、此事口外ニ及 ヘカラスト云テ、即俄ニ死ス、異音空ニ満テ甚香ハ シ、長者ノ頓滅ノ間、遊宴興サメテ悲涙スル事/k133 限ナシ、上人マスマス悲涙ニオホレテ、帰洛ニマトヒケリ トナム、彼長者女人好色ノタクヒナレハ誰カ是ヲ権者 ノ化作トハ知ラム、仏菩薩ノ悲願、衆生化度ノ方 便ニヨリテ、形ヲサマサマニ分テ示給道マテモ賤ニハヨ ラサル事、加様ノタメシニテ心ウヘシ、此ノ聖人ハ無知ノ 人也、法文云テ聞セムトテ、恵心檀那ノ僧都ナトオ ハシマシテ住果ノ縁覚ハ仏所ヘハイタルカト問レケ ルヲ、到ルモイタラヌモ争テモ侍ナム無益也トイ ハレケレハ、法門ヲ沙汰シテコソ、恵眼ハ開事ニテ侍 レ、加様ノ田舎ニハ候ハシトテ参侍也トイハレケレハ聖/k134 人カヤウノ法門ハ普賢ノオハシマシテ解説セシメ給 也ト答時ニ恵心帰敬ノ思ヒニタヘス、礼拝シテ檀那 ニ此聖ホメ申サセ給ヘト申サレケレハ、 身色如金山 端厳其微妙 如浄瑠璃中 内現真金像 ト、伽陀ヲ誦シテオカマレケリ、行基菩薩ハ和泉国/k135